その20 韓国80年代民衆抵抗の息吹『タクシー運転手 約束は海を越えて』 『1987ある闘いの眞実』

 2018年、はばかりなく強権をふるう安倍政権にその名に値する抵抗の民衆運動を展開できないでいる日本に、隣国の韓国から、民主主義を死守しようとした80年代の民衆運動の息吹を生きいきと伝える二つのすぐれた映画作品が贈られた。『タクシー運転手――約束は海を越えて』(チャン・フン)と、『1987、ある闘いの眞実』(チャン・ジュナン)である。それらは政権の残酷な抑圧のなかでふつうの民衆がついには正義と民主主義に身を賭してゆくプロセスを熱く描いて、私は60年代の思想形成期に大きな影響を受けた映画、たとえば『スパルタカス』(スタンレイ・キューブリック)などにふれたときの感銘を思い出したものである。

 『タクシー運転手』の背景は、1980年初夏のいわゆる光州事件である。その年の5月17日、クーデターで全権を掌握した全斗煥(チョン・ドファン)国軍司令官は、全国に非常戒厳令を敷いて、武力による民主化の動きの完全な封殺を図っていた。しかし、逮捕された金大中の地盤であった全羅道の光州では、学生たちに呼応した一般市民が大規模なデモをくりかえし断固たる不服従の意志を示す。その抵抗運動に対して戒厳軍は容赦ない暴行、催涙弾、ひいては実弾による流血の弾圧を加えたのだ。光州事件の複雑な過程のすべてはまだ解明されていないという。この映画でも、市民が予備軍武器庫から武器を奪取して「市民軍」を結成し、戒厳軍を撤退させて、一時は「光州自治」を実現した経過や、最終的な鎮圧の経過は描かれていない。しかし5月21日前後?の光州の人びとの闘いの描写はまことに生々しく、私たちの胸を抉る。
 事実にもとづく物語は次のようである。ソウルの貧しくも好人物のタクシー運転手、シングルファーザーのキム(ソン・ガンホ)は、学生デモをただ迷惑と感じるふつうのノンポリであったが、ひとえに多額の報酬のため、動乱の光州での現地取材を希求するドイツ人ジャーナリスト、ユルゲン・ヒンツペーター(トーマス・クレッチマン)をボロいクルマで光州に運ぶ契約をする。厳しい交通規制をすり抜けて到着した光州でキムが見たものは、市井の人キムには信じられないことに、軍隊によるデモ隊への酸鼻をきわめる弾圧、「アカ」を駆り出そうとする警察権力の暴力、それらに屈せずに抗うタクシー運転手ファン(ユ・ヘジン)や学生たち、そして危険を犯しても権力と韓国マスメディアがひたすら隠蔽するこの事実を世界に伝えようとする「ペーター」の姿だった。キムは強権に抗う人びとを助ける本当の市民に変わってゆく。
 けれども、すぐ帰ると約束した娘を心配するキムは、なかまの慫慂もあってなお取材するというペーターを残していったんは帰途につく。だが、途上、食堂であまりに事実に反するテレビ報道を信じて気軽に「過激派」を非難する客たちにふれ、キムは悩み、やがて大きくハンドルを切ってまた光州に向かうのだ。きらめくシーンである。
 光州の病院では仲間たちがあまりの犠牲の大きさに気落ちしてへたりこんでいた。キムは彼らを励まし、ペーターにこの惨状をビデオカメラに収めさせる。街頭では新たな銃撃が始まっていた。キムとタクシー運転手たちはクルマを楯に傷ついた者たちの救出に身体を張る。キムの最後の仕事はかけがえのないフィルムをもつペーターを金浦空港に送り届けることだった。キムのクルマは、駆けつけたファンらタクシー運転手の献身的な犠牲に助けられて、ついに執拗な警察の追跡を振り切るのである。
ペーターの映像報道は世界に眞実を暴露し韓国政治の改革に大きく寄与した。栄光のジャーナリスト、ユルゲン・ヒンツペーターはその後くりかえしキムとの再会を求めたけれど、彼にも本名を偽ったキムが名乗り出ることは決してなかった。キムは相変わらずソウルの街角のタクシー運転手のままだった・・・。体制批判に無縁だった庶民のみごとな転生を描くこの感動的な物語≒の、それはさわやかな結末である。

 光州事件から7年後、大統領になっていた全斗煥は、大統領直接選挙制の主張を中心とする民主化運動の統制と弾圧を続けていたが、この年1月14日、デモの主導者と通じているとして拘束されていたソウル大学生の朴鐘哲(パク・ジョンチョル)が拷問によって死亡した。映画『1987、ある闘いの眞実』は、この事件にはじまるさまざまな立場の人びとの織りなすダイナミックな政治劇である。
 この連載のどこかでもう書いたかもしれない私の持論ながら、およそすぐれた物語は登場人物にchangeかvariety、またはその双方が認められるもののみである。『タクシー運転手』が一介の庶民の変化・転生に光を与えるとすれば、この『1987,ある闘いの眞実』については、細かな経緯を辿るよりも、反権力と反権力それぞれの、具体的な背景を背負うキャラクターの多様性に注目したい。
 権力側では、北朝鮮で家族を殺された脱北者で、共産主義の予防拘禁をふくむ撲滅に執念を燃やす南営洞警察所長パク(キム・ヨンソク)。パクの命令した拷問なのに朴の拷問死の責任をとらされるチョ刑事班長(パク・ヒスン)。反権力側では、アル中気味で怒りっぽいけれど、事態の隠蔽をはかるパクに抗して朴の死体の解剖に持ち込むソウル地検・公安部のチェ検事(ハ・ジョンウ)。警察の妨害をうけることで事件の重要性を悟り、免職になったチェがわざと目前で棄てた調書にもとづいて真相を報道する東亜日報のユン記者(イ・ヒジュン)。政治犯と潜伏中の反体制派との危険な連絡係となり、発覚して死にいたる看守ハン(光州の不屈のタクシー運転手役の俳優、ユ・ヘジン)。それに若いカップル。ハンの姪で、おしゃれと音楽が好きな今様の女子大生ヨニ(キム・テリ)。彼女はたまたま民主化デモに巻き込まれ、そこで知り合って交際を始めたイ・ハニョル(カン・ドンウォン)にも、あんなデモをしてもなにも変わらないのに、と政治に無関心だった。しかし叔父が逮捕されて死に、イが催涙弾で頭部を直撃されて重傷を負った(歴史の上でもイは26日後の7月5日に死去する)とき、ヨニはデモの隊列に溶けてゆくのである。
  
 近年の韓国映画には、政治劇のほかにも傑作が少なくない。たとえば『息もできない』(ヤン・イクチェン、2010)、『高地戦』(チャン・フン、2012)、『トガニ 幼き瞳の告発』(ファン・ドンヒョク、2012年)、『嘆きのピエタ』(キム・ドク、2013)、『ソウォン 願い』(イ・ジュンソク、2014年)、『明日へ』(プ・ジョン、2015)、『弁護人』(ヤン・ウソク、2016年)などが直ちに思い起こされる。上の2作もそうだが、それらはリアルで酷薄な現実を濃厚に描いた上で、そのどうしようもない制約を主人公たちが踏み越えてついには正義や人権、人倫や自省に殉じてゆく物語であり、まことにつよい感動に導かれる。とくに秀作『嘆きのピエタ』など、くわしく紹介したい気持に誘われる。ここではしかし上の二作に戻って、「映画評論」の枠は外れるけれど、それらに触発された私の日頃の思いをいくらか書き添えたいと思う。
 ふたつの作品とも、広い道路を埋めて押し寄せるデモの民衆の描写が、もうそれだけで私の心を揺さぶる。それらのシーンはそしてまっすぐに、2016年秋から2017年秋、汚職の朴墐恵大統領を放逐させたロウソクデモの映像を想起させる。光化門前に結集する民衆のなんという数、シュプレヒコールのどよめき、沸騰する熱量だろう。全斗煥時代のむきだしの暴力的弾圧が影をひそめたまさに現時点においても、韓国の人びとは悪政に対してこのような抵抗運動の幅と厚みを示すことができる。私はそこに、80年代の光州やソウルでの闘いこのかた韓国の民衆が育んできた抵抗の文化の伝統と遺産をみないではいられない。まさに現時点においても80年代の民衆運動を活写する映画がつくられ商業的にも迎えられることの意義も、またそこにある。
 私たちの国でも、秘密保護法・安保関連法・共謀罪・「外国人材拡大」法などの強行裁決、モリ・カケ隠蔽など、立法府無視の理不尽な独裁をくりかえす安倍政治に対して、国会前の穏和なデモはくりかえされる。2018年4月18日には韓国に学んだロウソクデモも行われた。参加はしかし500人だった。韓国やフランスに見るような大通りを埋める抵抗の結集が見られるのは、忘れられない戦争の記憶と行政協定・米軍基地への怒りが文化的な伝統としてなお根付いている「僻地」沖縄だけなのである。
 思えば70年代後半以来、そしてとくに80年代以来、私たちは労働運動でも市民運動でも、「強権に確執を醸す」抵抗の人びとの厚み、どよめき、熱量を喪ってきた。ここはともかく対立や闘争を避ける「空気」になじむことを求められる平穏な国だ。その平穏の「空気」のなかにこそ明日の本当の危機がある。
             『KOKKO』34号:2019年2月