その2 日本・1945年8月──『この国の空』『日本のいちばん長い日』


 敗戦後70年のこの夏、日頃ニュースにはなにかと不満を感じるNHKも、戦争の実態に迫る良質のドキュメントを続々と放映した。それらは、戦争突入に抗った人びとの姿には決して立ち入らないとはいえ、あらためて戦争の惨禍と、欺瞞と恫喝をもって人びとをそこに駆り立てた軍部や権力の非道を私たちに教える。戦後日本人の生活も倫理も、もう決して戦争はしないという誓いの上に立つ。
 映画では、塚本晋也が監督、脚本、撮影、主演に心血を注いだ『野火』(大岡昇平原作)をみることができる。稀にみる至近距離でなまの戦場に密着したこの作品は、レイテ島の敗残兵たちのぼろぼろにされた裸像を、銃火に裂かれた肉体、飢えの苦しみ、あらゆる人間的な立ち位置の崩壊を、剥き出しのまま描ききる。およそ戦争映画を二級作品にするのは、愛国心であれ戦友愛であれ、兵士のヒロイズムへのある傾倒にほかならないが、そこからのまったき自由が、『野火』を確かな傑作にしている。
 けれども、今回、映画ファンとしてもう少し語りたいのは、地味で穏やかながら心をうつ作品、高井有一原作、荒井晴彦監督・脚本の『この国の空』である。
ヒロインは、終戦間際の東京杉並で、役所の臨時職員をしながら、母の蔦枝(工藤夕貴)、焼け出され家族も失って頼って来た伯母の瑞枝(富田靖子)と、連日の空襲に怯えながら戦時統制と食糧難の生活を続ける19歳の里子(二階堂ふみ)である。万事ぐるりの人びとに優しいしっかり者の彼女は、妻子を疎開させている隣家の銀行員、38歳の市毛(長谷川博己)にひそかに惹かれ、なにかと身のまわりの世話をしながら、希望を見出せない日々を送っている。物語は「この国の空」の下での生活のリアル──人びとにしのびよる厭戦の雰囲気、灯火管制や隣組の監視、貧しい食卓、農家への買い出しの物々交換などを淡々と描いてゆく。
 すぐれた原作に忠実な脚本がとても自然だ。ストーリー展開の主題はしかし、里子の身のうちの「女」性の熟れであって、時代の道徳に縛られていながらもそれを自覚するほかはない鬱屈は、二階堂ふみというこの上ないキャスティングを得て、原作以上に生々しい映像となる。このまま愛を知らずに死んでしまうのだろうか? 里子はそして、空襲ゆえの彼女の死の予感と同じく、召集と「本土決戦」による惨殺に脅えて身近にいる里子を求める市毛に応じることになる。食料調達先の神社で抱擁された日の夜、里子はついに、真っ赤に熟れたトマト(それは女としての「私」の象徴だ)をもって市毛を訪れ、「今すぐ食べて!」と、身を任せるのである。この過程を知って、いつもならば不倫のふしだらを戒めるはずの母、蔦枝が、いま里子のそばにいる男は市毛だけなのだから・・・と黙認するのも切実である。
 だが、その三日後、終戦が確実になる。死なずにすむと市毛は小躍りするが、里子にとっては、終戦は妻子が市毛の元に戻ってくることなのだ。それがわかった夜、誘われた里子は、「今日は帰ります」と言い──原作は「明日にでもまた来る、来たい、という意志を籠めたつもりで」と書く──妻子が帰ってくることを苦しげに認めるこの平凡な男をまじまじとみつめる。トマトの場面もそうだが、ここでも日焼けしたすっぴんの田舎娘の内から鮮やかに大人の女が立ちあがる。その二階堂ふみの表情は情感にみち、その目力(めじから)は凜として、かねてからのファンの私はあらためてその魅力に惹かれた。どこまでが演技なのかと戸惑ってしまいどきどきする。
 最後に、「明日から里子の戦争が始まる」という字幕が示され、エンドロールとともに、茨木のり子の詩「わたしが一番きれいだったとき」を読む里子の声が流れる。この字幕と詩の引用はむろん原作にはない。荒井晴彦はおそらく、「わたしが一番きれいだったとき」、おしゃれも恋もできず、頭はからっぽで心はかたくな、不幸せでめっぽうさびしかった、だからこそ、できれば長生きして、美しい絵を描いてゆくことに決めた……という茨木の詩を里子に贈り、不倫の恋の闘いもふくめて戦後をたくましく生きぬいてゆくようにと励ましたのである。

 このほか、戦争さなかの庶民の実像をみつめる日本映画のなかでは、今村昌平監督・脚本の『黒い雨』(井伏鱒二原作、1989年)と、黒木和雄監督・脚本の『美しい夏キリシマ』(2003年)を秀作の双璧としたい。しかし、ここではそれらの紹介を割愛しても、やはり戦後70年を期して上映された原田眞人監督・脚本の『日本のいちばん長い日』にふれないわけにゆかないだろう。
 半藤一利原作の本作は、周知のように45年8月15日の玉音放送にいたるまでに、昭和天皇(本木雅弘)と、鈴木貫太郎首相(山崎努)、阿南惟幾陸相(役所広司)らの閣僚たちが、畑中健二少佐(松坂桃李)ら戦争継続派の青年将校のクーデターをおさえて、いかにポツダム宣言を受諾して戦争を終わらせようとしたか、その苦闘を描く「壮絶な人間ドラマ」(パンフレットの惹句)である。
 大々的な宣伝の段階からひそかに危惧はしていたが、人間のドラマとして、これはあらゆる点で岡本喜八1967年の前作『日本のいちばん長い日』(大宅壮一原作)に劣る凡作であった。本作は前作にくらべて、東郷外相、米内海軍相、下村情報相など早くからの戦争終結論者の動向が捨象されていて群像劇としての性格が弱い。焦点が絞られている天皇、鈴木首相、阿南陸相にしても彫りが浅く、決断にいたる人間としての躊躇や苦渋がそれほど切実に伝わってこない。反乱将校たちも、前作の高橋悦史、黒沢年男、中丸忠雄らの体現したぎらぎらした焦慮の情念が、本作ではあまり伺われない。それに前作では、8月14日から15日にかけて土浦から特攻を出撃させた将校や、予備役の少年たちを鈴木首相宅の襲撃に駆り立てた退役軍人などがまことに印象的であったが、原作のせいなのか、本作ではこうした狂気の沙汰(それなしにそのときが描けるだろうか?)がみられない。そもそもシナリオが前作の橋本忍の迫力におよぶべくもないのだろう。台詞にドスがきかず、論争も平板で、すべての人物にリアルな存在感が不足なのだ。例えば汗である。前作では軍人たちの軍服さえも半身べったりと汗にまみれ、それだけでいいようのない焦りが迫ってきた。しかし本作では、人びとはクーラーの効いた室内で右往左往しているかのようである。

 最後に、この作品をもっとも感銘から遠ざける要素として、ここにみる権力者たちの歴史認識や思想へのどうしようもない違和感について、まともな「映画評論」の枠を外れるけれど、私たちの「今」のため、あえてふれておきたい。
 天皇がはじめて戦争終結を要望したという6月22日の最高戦争指導会議までに、すでに陸海軍は壊滅的打撃を受けており、東京をはじめ主要都市の空襲の被害はあまりにも甚大であった。連合国がポツダム宣言(以下「宣言」)を発表した7月26日までには、18.8万人がむざむざ犠牲となった沖縄戦も終結していた。特攻作戦では何千人もの若者が空しくいのちを喪っていた。だが、閣僚と軍上層部は、その期に及んでも「国体護持」(万世一系の天皇に統治権があるとする政治体制の維持、端的には天皇の地位保全)を絶対の条件として「宣言」の受諾をためらっていたのだ。
 2000人の若者をさらに生け贄にする特攻作戦の「本土決戦」で「死中に活を求める」陸軍の戦争継続論を抑えるために、「条件」に対する連合軍の回答の外務省による便宜的な翻訳に頼って、御前会議がついに「宣言」受諾を最終決定するのは8月14日、広島、長崎に原爆が投下され、ソ連の参戦があってからのことであった。この致命的な遅れは、「国体護持」に固執したためであった。その間、空襲や沖縄や特攻隊の惨禍は閣僚たちの考慮の対象に、閣議の議題にならなかったのだろうか。国民の生活といのちというものの、これは信じがたいほどの無視にほかならない。彼らが身を賭して日本に平和をもたらしたと言われてもしらけるだけなのである。
 最終段階の閣議で細部を修正したという終戦の詔勅、いわゆる玉音放送の中身も、いま読めば、朕(チン)(天皇の一人称)および日本帝国の負うべき戦争責任の徹底した回避の発想に唖然としてしまう。戦争の目的は他国の侵略ではなく「東亜の解放」であった、これは敗戦ではない、ここにわが民族と人類の文明を考慮して「太平」を開くことにしたが、(幸い)国体を護持し得たので、「爾臣民」は「神州の不滅を信じ」「将来の建設」に励めというのである。
 これを聴いた「臣民」はなぜ涙を流したのか。なによりもようやく戦争の惨禍が終わることへの安堵であったと私は推測するけれども、これからも考えてゆきたい。ともあれ、比較にならないだろうか、『この国の空』には戦後につながる確かさがあり、『日本でいちばん長い日』には虚脱しかない。戦後70年に映画界が送るこの大作が、常識的な歴史認識も最小限の批判精神も欠いたままであるところに、現代日本の思想状況の貧困があるといえよう。ちなみにこれを上映する劇場はいつも満席であった。

(発出:『KOKKO』第2号(2015年10月) 堀之内出版)