その4 狂っているのはどちらか──『天空の蜂』『生きものの記録』

 黒澤明の名作のひとつに、1955(昭和30)年の『生きものの記録』がある。
 主人公は東京の下町で鋳物工場を経営する初老の中島喜一(三船敏郎)。その彼を準禁治産者とするよう、次男(千秋実)をオピニオンリーダーとする家族たちは家裁に訴えている。家父長の喜一がくりかえされる原水爆実験による放射線被曝に心底から怯え、すべての家族、四人の妾たち、その子どもたちまで引き連れてブラジルに移住しようとしているからだ。当然、今の生活を守ろうとする者たちの反発はつよく、家庭内の激しい諍いは避けがたい。調停員の原田(志村喬)は喜一の不安をいくらか理解するにいたるとはいえ、結局、訴えを正当とする調停は自然だった。そのあげく喜一は、家族への最後の必死の懇願のさなかに気を失い、そして深夜めざめて、これがあるから移住できないのだと思いつめ、工場を焼き払ってしまうのである。
 この思いがけない物語を織りなす群像は、喜一の反発者、次男やフランス文学者の婿(清水将夫)から、喜一の心に寄り添う次女(青山京子)、赤子のある若い妾(根岸明美)、職場を失って絶望する従業員たちに至るまで鮮やかに造型され、人びとの葛藤を描く40代半ばの黒澤の演出は、すさまじい迫力と細かい人間観照に満ちて冴えわたっている。この作品は、54年の『七人の侍』、52年の『生きる』ほどは注目されなかったけれど、私見ではそれらに匹敵する、最盛期黒澤の一秀峰ということができる。
 中島喜一はついには正気を失って精神病院に収容され、別の惑星に移ったという幻想のうちに安住する。なぜか気が咎めて病院を訪れた原田に、しかし担当の精神科医(中村伸郎)はこうつぶやくのである(脚本:橋本忍、小国英雄、黒澤明)。
「この患者を診ていると、正常でいるつもりの自分が妙に不安になってくる。狂っているのはあの患者なのか、こんな時世に正気でいられるわれわれがおかしいのか」
 1954年3月、アメリカのビキニ環礁での水爆実験で、日本人は三度目の放射線被曝を体験し、ほどなく久保山愛吉をはじめ何人かの漁民が命を失った。これを契機に、原水爆実験反対の市民運動がはじまる一方、政財界の一角からは原子力の平和利用、原発推進の動きが蠢動しはじめる。黒澤はその翌年に世に問うた『生きものの記録』に、このように「狂っているのはどちらか」というメッセージをこめたかにみえる。

 もう60年も前になる黒澤作品をふりかえったのは、ほかでもない、最近の「エンターテイメント」大作、東野圭吾原作の『天空の蜂』(堤幸彦、2015年)を興味ぶかく見たからだ。複雑な物語のあらすじを紹介する。錦重工業で製作された超大型ヘリコプター「ビッグB」が、発注した自衛隊に引き渡される式典の日、突然、なにものかのリモコン操作で奪われ、日本原子炉・核燃料開発事業団(炉燃)の敦賀・高速増殖原型炉「新陽」の真上でホバリングに入る。やがて政府、炉燃、「新陽」に届いたビッグBの奪取犯、「天空の蜂」の要求は、「新陽」を除く国内40基ほどの原発すべてを使用不能に(後に譲歩して稼働停止に)せよ、それをTV で公開せよ、それを拒むなら、燃料切れの6時間後には大量の爆薬を積んだビッグBが原子炉に墜落する―というものであった。ビッグBの移動も「新陽」の見せかけの稼働停止も、技術上、周到に封じられていた。
 映画は、湯原一彰(江口洋介)ら錦重工の設計者、湯原の友人で終始クールな同社の原発プラント技術者(本木雅弘)、エネルギー庁、炉燃、「新陽」発電所、警視庁、自衛隊、消防署などのスタッフが、未曾有の事態に衝撃を受けて、戸惑いつつ議論を交わし、トライアル&エラーの対策に右往左往する姿を描く。その上、無人のはずのビッグBには、実はいたずらで機内に忍び込んでいた湯原の息子高彦がいた。「天空の蜂」も承認したその救出、自衛隊のレスキュー隊の空中ブランコのような大活躍が物語前半の見せ場である。ちなみにこの種のパニックものによくふくまれる要素だが、この救出を通じて、仕事一筋で家族を顧みなかった湯原が、それだけは高彦に教え込んでいたモールス信号を使って息子と交信し、ひいては絆を取り戻すことにもなる。
 そのあと、政府は、本物の原発の制御室とまったく同じ構造の訓練用パネルを使って原発を止めたかのように装う策にでる。国民にはクーラーの使用を禁じ、TV映像でいくつかの工場の稼働を止めてみせる。すでに40%の電力供給を担う全原発の本当の稼働停止など、政府にとっては一日たりともあってはならないからだ。

 私が関心を寄せるのは、「天空の蜂」は誰であり、その動機はなにかである。ここは少し丁寧に辿ろう。反原発の活動家の洗い出しからはじめた地元の刑事(柄本明)らは、ある時期に自衛隊派遣で錦重工でのヘリコプター開発にも関わっており、後に統制違反で自衛隊を解雇され、原発の汚染物質処理の下請け作業に携わっていた雑賀(綾野剛)という人物についにたどりつく。雑賀は、職場の同僚で、ラジコン愛好の仲間でもある親友を放射線被曝で亡くしていた。彼自身も被曝している。重なる絶望が彼を復讐に駆ったのだ。ビッグBを遠隔操作したのはこの雑賀である。雑賀は自衛隊と警察に踏みこまれて逃亡し、トラックの前に身を投げる……。
 とはいえ、思い通りの遠隔操作が可能なようにビッグBの操舵装置に変更を加えるのは、錦重工のエンジニアでなければ不可能だった。警視庁は懸命のチェックを経て、「彼」を職場に侵入させるために受付簿を書き替えた総務課OLの赤嶺淳子(仲間由紀恵)を突き止めて逮捕する。阪神大震災で両親を失い自分もリストカットの過去をもつ淳子は、「彼」の愛人だった。同様に暗い過去の影を宿す「彼」に惹かれ、その意図を知らされぬまま求めに応じたのだ。主犯の「彼」とは、対策室に常駐する三島幸一であった。
 原発プラント技術者の三島は、最愛の息子智宏を自殺で亡くしていた。自殺の原因は、地元の反原発派の子弟による、「原発屋」の子、智宏に対する小学校でのいじめである。三島は、地域や学校でヒアリングを続けるうち、今度は原発推進派が、ひどい嫌がらせによって、反原発派の一家を離散に、その子ども良介を精神障害に追い込んだことを知るようになる。だが、いずれの派の人びとも、仮面のように口を閉ざして決してなにが起こったかを語ろうとしなかった。やがて三島は、智宏も良介も受難の根源は同じだ、それは原発の存在であり、そのもたらす卑近な「地元利益」にほかならないと思いいたる。なんとか「不気味な仮面をつけた沈黙の群衆」に一石を投じたい……。そんなとき三島は、被曝死した労働者の労災認定を訴える集会に参加して雑賀に出遭い、協同で「蜂の一刺し」を企画・実行したのである。
 「新陽」停止とともにビッグBが原子炉に向かって落下するまでのわずかの時間だけ、自動操縦が無効となるゆえ、雑賀が残したコントローラーによってマニュアル操作が可能であることがわかった。自衛隊レスキュー隊と湯原のヒロイックな活躍で、ビッグBは危うく方向をそらされて海中に落下する。「蜂の一刺し」は不成功だった。もっとも三島には、もともと破滅的な放射線被害をもたらす意図はなく、同時に各方面に自動送信されるファックスは、爆薬はダイナマイト10本にすぎず原発の安全装置は確実に機能する、操業間もない「新陽」には使用済み核燃料プールの蓄積がほとんどなく、ヘリが間違ってそこに墜落しても深刻な被害はない……と伝えている。けれども、と送信はつけくわえる―これは忠告である、沈黙する群衆に原子炉の存在、その潜在的な危機を忘れさせてはならない、「蜂」の次の攻撃対象は一般の原発かもしれず、ダイナマイトはいつも10本とは限らない、と。このファックスはしかし、警察に出所を突き止められ、直ちに「送信エラー」の措置が執られる。この送信中断の措置については原作に記載はない。
 その頃、こんなもん原子炉に落とすなんてあんたは狂ってる、と激しくなじる対策室のスタッフに、三島はこうつぶやく。
「どちらが狂っているのか、やがてわかるときがくる……」
 原作では、ここは「(ビッグBは)『新陽』に落ちたほうがよかった。そのことにいずれみんな気がつく」と記されている。1995年初版の東野圭吾の原作は、コンピュータ技術、原発の運転、放射線被曝、原発政策をめぐる動と反動についてびっしり書き込んでおり、「犯人」追跡のプロセスにもさすがの力量を発揮している。労作ということができる。
 もしかすると東野は、40年前の黒澤作品の精神科医のつぶやきを想起したのではないか。ともあれ、原発を舞台とする先駆的なこの小説を、細部はともかく基本的に忠実に辿る映画『天空の蜂』(脚本:楠野一郎)が、2011年3月に東北大地震・東電福島の過酷事故を体験し、そして大飯原発1年の稼働を除けば最近までともかく原発ゼロ体制を維持してきた2015年の日本に送り出されたことの意義は小さくない。

 この映画は、評価に戸惑うようなエピローグをもつ。むろん原作にはない。事件から20年後、成人した湯原高彦は自衛隊レスキュー隊の巨大ヘリのパイロットとして、東北の被災者の救助にあたっている。任務を終えてセンターに戻ると、そこでは「ボランティア休暇」の湯原一彰が、福島の汚染ごみだろうか、緑色のドラム缶運びをしている。この国に希望はあるか、ここに(救助の現場に)ある、と父と子は身体をたたくモールス交信をする……。「原発事故後」においても日本はやってゆけるという意味だろうか。赤嶺淳子は、最近獄中死したという三島の子を宿していた。三島の思いは次世代に伝わっているという意味だろうか。この映画のメッセージは控えめだ。ともあれ「狂っているのはどちらか」という問いは、「2011年」を体験した私たちにとって、いっそう重いままである。(『KOKKO』4号、2015年12月)