その12 日本の女性の半生・淡彩と油彩ー『この世界の片隅で』/『にっぽん昆虫記』

私の映画評は、今ではずいぶん世評とずれているのかもしれない――近頃ときどきそんな思いにとらわれもする。最近に発表された2016年度のキネマ旬報邦画ベストテンをみて、いっそうそう感じた。
私が邦画のベストとみなしたのは、7作にとどまるが、例えば、すでにこの欄でも扱った『怒り』(李相日監督)、『64ロクヨン』(瀬々敬久監督)、次いで『この世界の片隅に』(片渕須直監督)、『葛城事件』(赤堀雅秋監督)、『何者』(三浦大輔監督)、『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太監督)といった佳作が加わる。しかしキネ旬では、『この世界の片隅に』が断然トップであり、2位が『シン・ゴジラ』(庵野秀明・樋口真嗣監督)。『怒り』は辛うじて10位にすぎない。母(宮沢りえ)の捨身の献身がある感動を引き起こす『湯を沸かすほどの熱い愛』の7位入賞はOKとしても、なんともグロテスクな物語で、悪魔のような隣人(香川照之)に魅入られた人妻・竹内結子が最後に号泣してもカタルシスのない『クリーピー 偽りの隣人』(黒沢清監督)が8位に入っているなんてマジかよと思う。『シン・ゴジラ』も私にはつまらなかった。海底に累積する核廃棄物や原発事故という時代の危機が日本に襲いかかるゴジラに象徴されているといっても、それはしょせん思いつきの絵空事にすぎない。それに「国難」が賢明な官僚たちの必死の努力によってついに防がれるというリスク管理のお話を、そもそも私は嫌いなのである。

いくらかとりとめない感想を述べたけれども、その上で、邦画を考えるこの回では、私も一定評価するにやぶさかではない『この世界の片隅に』を取り上げてみよう。こうの史代の原作にもとづく、静謐な感銘をもたらすアニメ作品である。
戦争さなかの1944年2月、浦野すず(声:のん=能年玲奈)は広島から呉の北条周作のもとに嫁いでくる。万事おっとりした性格で物事を深く考えず、状況を水彩画に表すことだけにすぐれた愛らしいすずは、穏やかな夫、優しい舅と姑、それに気丈で小言の多い小姑の黒村径子とともに、配給物資が不足しがちの質素な生活を懸命に支える。その節約のやりくりの細部が丁寧に描かれて興味ぶかいが、はじめのうちは、戦禍はなおすずを打ちのめすほどではない。だが、45年春以降、軍港の街、呉への空襲が激しくなり、6月、すずは地雷弾の爆発によって、一緒にいた径子の娘の命とみずからの右手を失ってしまう。もう絵も描けずあまり働けなくなったすずを世話するようになったのは、当初、娘を死なせたと彼女を激しく責めた径子だった(性格の正反対なこの二人の関係の変化はこの物語の一つの見所だ)。すずはそのうえ、原爆による実家の両親の死、妹の被爆、淡い交情のあった幼なじみの哲の戦死という事実も突きつけられる。けれども、大きな喪失の傷心にさいなまれたすずの内面から、やがてゆっくりと転生の息吹のようなものが立ちのぼってくる。すずは、翌年1月に広島を訪れ、廃墟をさまよう一人の孤児を伴って焼野原になった呉の婚家に戻り、夫や家族たちとともに戦後をしっかりと生きてゆく心を定めるのである。「世界の片隅に」すずははじめて自立する場を見つけたのだ。寡黙な日本の庶民の、それが戦後の始まりであった。
すずをはじめとする、あの戦争の惨禍をくぐりぬけたすべての登場人物に対するいとおしさがこみ上げてくる。とはいえ、私にとっては、この物語はどこか既視感があり、映画の感銘はすずの絵のように淡いものだった。画期的なベストワンの迫力は欠くというほかはない。例えば、すずが今や自立的な女として頭(こうべ)を上げる転生は、愚かな戦争の惨めな終結と並行する過程のはずであるが、「みるべきほどのこと」を見せつけた外部世界の崩壊とすずの内面の変化との関連は、今ひとつ映像化されていないかにみえる。それはひっきょう、このドラマがアニメという表現形式をとることの絶対的な必要性というものへの私の懐疑に由来する。なぜアニメなのか? 早い話、例えばアニメ顔では、外部世界をみた衝撃を内面の変化に表象するには限界があるだろう。かつて黒澤明がこだわったように(戦時)生活の細部を小道具で再現するにはコストがかかりすぎ、今の映画界はそれをまかなう余裕がなかったのではないかと勘ぐりたくもなる。古い映画ファンの好みに偏して気が引けるけれど、この平凡にして非凡な物語をアニメでない映画で観たかったと思うのは私のみだろうか。私には、戦時中の女の生きざまを描く作品としては、一昨年の『この国の空』(荒井晴彦監督)のほうをはるかに高く評価する。

私には濃厚なリアリズムへの偏愛がある。それを承知しながらも、この際あえて、日本の戦前・戦後を貫いて庶民の女の生きざまをみごとに描いた歴史的な秀作ひとつを想起したい。『にっぽん昆虫記』(今村昌平監督・脚本、長谷部慶次脚本、1963年)である。
大正末期1910年代、東北は米沢盆地の貧しい農家。松木とめ(長じては左幸子)は、少し頭の弱い父の忠次(北村和夫)と淫乱な母のえん(佐々木すみ江)の娘として、本当は実父でない忠次と異様なまでにスキンシップの愛を交わしながら育つ。映画は、日本現代史の画期的な出来事を遠景とする、とめのエネルギッシュでしたたかな生と性の半生をぐいぐいと映像化してゆく。くわしく述べるいとまはないが、とめの体験には、昭和10年代の製糸工場での就業、母の策謀による地主の三男との足入れ婚、強姦にも似たセックス、娘信子(のち吉村実子)の出産、婚家からの出奔、製紙工場への再就職、上役の松波(長門裕之)との情事、終戦とともにはじまった組合運動……などが密度高くたたみ込まれている。とめは臆病な組合幹部の松波や組合活動にまったく無関心な女工たちにいらだち、機械を止めて大声で訴えるという行動に出て、解雇されてしまう。仕事も故郷の居場所も失ったとめはそれから、信子を忠次に預けて上京。米軍基地のカフェのメイド、次いで「オンリー」(春川ますみ)の家政婦になる。しかし寝室の嬌声に気を取られて混血の娘を死なせてしまったとめは、今度は新興宗教の縁で知り合った売春宿の女将(北林谷栄)に雇われて女中になり、結局は自分も客を取らされる羽目になった。
だが、そこの客である中小企業者唐沢(河津清三郎)の妾になったことから、とめは次第に被害者から加害者に転じてゆくのだ。とめは仲間を裏切って女中頭に、次いで女将の不法行為を警察に通報して、ついに女たちをまとめるコールガール組織の経営に乗り出す。女たちには過酷に対する、計算高い身過ぎ世過ぎだった。女たちに「これでも3千人の女工に号令かげてだんだから」とうそぶき、テレビで皇太子の婚礼を見ながら「やっぱり違うねぇ。どことなく」とつぶやく、とめの自足の姿がかなしくもおかしい。しかし、そこから事態はまた暗転する。警察の手入れがあり、女たちはとめを密告して雲隠れした。とめの受刑後の1961年、好色な唐沢は43歳のとめを捨て、娘の信子を、彼女がなかまとはじめる開拓農場の資金を提供するという条件で囲っていた。その信子はたくましくも唐沢を裏切って、恋人のいる農場へ旅立ってゆく。残されたとめは掃除婦をして糊口をしのいでいる……。

大正末期から戦後の経済成長期まで、日本の庶民の女は、いかにさまざまの過酷な生と性の試練をくぐり抜けねばならなかったか。今村昌平が「見るべきほどのもの」とした実にさまざまの事象を描く視覚の広さと深さに敬意を表さずにはいられない。とめが唯一無償の愛を傾けた忠次に瀕死のとき乳房をふくませる美しいシーンはある。けれども、総じて全編、なんらの規範や倫理の縛りもないとめや女たちの「昆虫」のような生きざまを見せつける、リアルで緊迫感あふれるエピソードが次々に重ねられ、観る者を惹きつけ、うちのめす。今村昌平は「戦後民主主義」のもとでの女たちの連帯やヒューマニズムの成長などまるで信じてはいないかにみえる。それでいて私たちは、これが本当かもしれないというたじろぐ思いにとらわれながらも、したたかな若い世代が泥のなかから出発するという結末にほのかな灯りを感じもするのだ。なんというすさまじい「映画力」だろう。
半世紀を経た今も、激しい社会変動の内にあって翻弄される女の人生の長い体験を扱いながら、このように惹きこまれうちのめされる作品を私たちはほとんどもたない。外国映画はともかく邦画については、現時点の佳作が総じて限られた界隈・限られた期間における人びとの心映えの癒しの物語にとどまるのは、結局、歴史の闇・社会の陰をたじろがず物語に取り込むリアリズムの忌避のゆえであろう。殺人描写の残酷さなどではないこの種の歴史的・社会的リアリズムは、もう2010年代日本の観客の好みに合わないのだろうか。(『KOKKO』2017年4月号)