太田愛の長編小説『未明の砦』(2026年角川文庫版)は、過酷な労働の現実に真正面から抗った若者たちを活写する、現代の日本ではテーマと思想性においてまことに独自的な達成ということができる。一読、その感銘は「社会派」の類書でもまず望みえない。
とりあえず物語をくわしく辿る。20代半ばから30歳の非正規労働者、派遣工の矢上達也と秋山宏典、期間工の脇隼人と泉原順平は、大手自動車企業ユシマの生方第3工場の部品備品組付けコンベアラインで働いている。エアコンなく夏期には40度にもなる環境で、汗を拭う暇もないタクトタイムの単純作業をくりかえす。週ごとに変わるシフト(1直6:00~15:15、2直16:15~1:09)の実働7時間。各45分の食事時間と3回の10分休憩があるとはいえ、しばしば残業もあって、仕事が終われば完全に消耗し、ホットドックにかぶりついて寮の部屋に倒れ込むだけだ。労働そのものが過酷なだけではない。ユシマは、5年勤続で正社員の資格を得る改正労働契約法が適用されないように、非正規労働者の雇用契約を2年11ヶ月としている。非雇用の期間が半年になれば過去の経験年数もクーリングオフされるというわけだ。勤怠管理も細部にわたり厳しい。非正規工はもとより、班長以下は同じラインで働き、頻発する過労死さえ隠蔽される正社員も、ユシマでは使い捨てられる素材にすぎなかった。従業員、とくに非正規労働者は、解雇を怖れ、人間として当然の不満や抗議の声を上げることをあきらめた、個々に孤立した群像であった。
そんななか、例外的にヒューマンな班長の玄羽昭一が、夏期休暇に家族の絆のない矢上ら4人を、海辺の笛ヶ浜にある亡妻の実家に滞在させ歓待する。彼らは海辺の共同生活のうちにうちとけ、父親の暴力、母の淫蕩と育児放棄、母の情夫の妹への手出しを避けるための家出、大卒後いくつもの正社員職での挫折と父の叱正など、それぞれ帰省できない事情をはじめて語り合う。「自分のことをこんなに人に話したのは・・・人が自分のことを話すのをこんなに聞いたのも、初めてだった。・・・胸の奥にずっとあった硬い塊が溶けていくような気がした」と矢上は感じた。
はじめてなかまを見出した歓び、それが彼らのそれからのすべての営みの起点だった。彼らはそれ以降、玄羽の示唆もあって、自分たちの労働生活の不当さ、惨めさを語り合い、次第にユシマへの怒りと抗う気持ちを育ててゆく。そして休暇の後半、批判的な知性をもつ玄波の義従姉・崇像朱鷺子の「文庫」に入り浸って、憲法、労働法の歴史と内容、日本の労働問題、外国の社会運動の歴史などの文献を懸命に学ぶ。こうした主体形成のあと工場に戻ってまもなく、彼らは、玄羽の過労死を知る。彼は親友の息子であり、少し前に脳動脈破裂で過労死した技術者・小杉圭太の未亡人の行政訴訟(労基署による労災不認定の取消しを求める提訴)の裁判で証人に立つ予定であり、そのため会社は玄羽を「監視」していた。それもあってか、虚血性心疾患(いわゆる心筋梗塞)で倒れた玄羽は休憩室に長く放置され、死後あわただしくユシマ病院に運ばれたのだ。むろん労災認定外の扱いだった。
衝撃を受けた矢上らは、慕っていた玄羽の死の非情な扱われ方の真相をつきとめる。その動きに会社大事で非正規差別にこりかたまった正社員・村上らはかねてからのいじめといやがらせを強めた。だが4人はもう屈従しない。ペットボトルで彼らをうちのめしもする。けれども、これからどうすればいいか?そのとき、いくらか独断先行ながら行動派の脇隼人が3人を企業外ユニオン「はるかぜユニオン」に案内する。そこで初老で歴戦の相談員・國木田莞慈に、過労死隠蔽などユシマの状況に対する闘い方を尋ね、國木田の示唆によって4人にはそれまで疎遠だった労働組合というものの可能性にはじめて気づくことになる。それでも、どんな組合をつくるのか?4人は諍いをともなう激論の末、当時に提案されていた新日本型賃金制度(一律の昇給を完全に撤廃する/個人評価によって賃金・賞与が大きく上下に変動する/要するに査定による賃金に統合する制度)への従業員たちの大きな不安も考慮して、正社員をふくむ、名付けて<ともに闘う人間の砦 労働組合>、略称<ともとり労組>を設立する決意を固めるのである。
従来のユシマの正社員労組は、工場長の五十畑を幹部とするような完全な御用組合であった。<ともとり労組>の設立準備はむろん極秘の内に進められたが、同志を装って接近したスパイ、非正規工・来栖の注進もあって、組合づくりは会社の知るところとなる。驚愕した会社のトップたちは、嗤いながらも背景の事情にも思い当たるゆえにそれなりに危機意識をもち、社内の警戒と監視を強化する一方、献金のコネをもつ与党の重鎮を通じて警察庁警備局、警視庁組織犯罪対策部との連携を準備する。一方、<ともとり労組>は最初の団体交渉を応諾させる。機略に富むやりかたで本社に現れ、新車展示に集まった市民たちのなかで自分たちの作業を再現して見せたあと、豪奢な貴賓室に乗り込み、人事部長と、以降指揮を執る副社長・板垣直之を相手に、組合活動の承認、新日本型賃金制度の撤廃、組合員の人事異動の協議・合意、労働契約法の趣旨に反する期間工の契約方式の廃止、小杉圭太、玄羽昭一の過労死の詳細の関係官庁への報告、一時間ごとの給水補給の可能なタクトの設定・・・などの要求を突きつける。
その準備の周到さに驚愕した会社側は、まだ正社員の組合員がいない、君たち非正規には従業員全体の労働条件に関わる権利がない・・・などと主張し、具体的な回答は2週間後のことになった。だが、ともとり労組は、パソコン技術にもデザイン感覚にも長けた美大卒の泉原を中心に、ホームページを立ち上げ、また泉原が巧みに撮影した貴賓室での団交写真も明示するビラをつくって、会社の妨害を切り抜けて従業員たちに届ける。天下のユシマの若者の労働運動の再生は全社に、社会に知られたのである。
会社が本当にユシマに代表される現体制に対する危機意識をもったのはここからだ。ビラ撒きを道路交通法違反として4人を一時拘留したばかりではない。会社の意向を汲んだ公安警察は、警視庁組織犯罪対策部を実行部隊として、こともあろうに、かねてから試用を目論んでいた共謀罪を、組織犯罪処罰法に新設された<テロ等準備罪>という形で適用しようとしたのだ。理由は、ユシマの4人の非正社員は、問題の國木田莞慈の指導の下に組合を組織しようとしたがうまくゆかず、業を煮やして工場に対する破壊工作を計画したというのである。4人は犯罪者として逮捕されることになる。
ここからは少し終幕を急ぐ。最初の逮捕を免れた4人は、笛ヶが浜の崇像朱鷺子のもとで休息し、いずれ逮捕されるだろうが最後にやると決めたことがあると彼女に伝えた。そしてすでに手配済みの警察の目をくぐって困難な山越えを経て、成田空港に近い佐倉の雑木林にやっとたどり着く。インド出張の柚島庸蔵社長がまもなく帰国する。やはり柚島へのテロ襲撃かと想像される。しかし、これは警察を欺く陽動作戦だった。彼らは翌朝、6時間も歩いてローカルな船橋法典駅から一挙に南下して、生方の工場へ来て自分たちの労働現場に侵入したのだ。短い休業時間。矢上は部品ケース上に立って呼びかける――
<ユシマは・・・俺たちが体験したこと、感じたことすべて、俺たちの記憶まで書き換え られると、ユシマの思い通りにできて当たり前だと考えている。それでも黙ってされるままになるのか>
<俺たちは心と感情を持った生きた人間なんだ。・・・ユシマが俺たちの求めるものを何 一つ与えないのであれば、俺たちもユシマが求めるものを与えない。・・・ユシマが労働者は人間だということを思い出すまで、俺たちは労働力を与えない>
<労働者が本気でなにかを求めるならば共謀罪を使って黙らせる。そんなやり方がいっ たん通用すれば、すぐにそれが当たり前の世の中になる。・・・そんな世の中になるなるかどうかは、今ここにいる人間たちにかかっているんだ。このラインで毎日数え切れないほどのボルトを締めて、車にドアやシートを取り付けてきた俺たちひとりひとりにだ
今ならまだ間に合う。ここにいる全員で声を上げてストライキを決行しよう>
非正規風情がなにを偉そうに言うか、取り替えのきく俺たちにはなにができるってんだ、家族もないものが世迷い言を言うな・・・といった反発もあった。だが、労働者多数は身じろぎもせずうつむいて聴いた。展望デッキの五十畑も無言で立ちすくんでいた。駆けつけた警備員が機械調節ボックス前の脇を引っ立て、稼働再開のスィッチを入れた。工員たちは本能的に位置について工具を手にする。だが、誰ひとり作業を始めようとはしなかった。作業を加えられない車体が空しく流れるベルトコンベアはほどなく止まるだろう。
『未明の砦』は、主人公たちのほか何人かの興味深い脇役が登場し、終わり近くの事態の推移に影響を及ぼす。3人に限って紹介しよう。例えば、板垣副社長のアドバイザーであるエリート課長の日夏康明。彼はある体験から異議申し立てすることを抑制してきたが、彼にすがってきた来栖の内通でとりとも労組の情報すべてを把握し、あの4人の行動によって「殺してしまった自分の一部」が息を吹き返したように感じる。日夏はその後、矢上に電話して逮捕予定の情報を伝えて最初の逮捕を妨ぎ、スト決行後は南多摩署の刑事たちとともに、ストライキを報道する週刊誌の取材に、なかったことにされようとしたとりとも労組の本当の実績を確認させる。それが結局、警察庁公安の萩原琢磨にみずからが指揮を執った共謀罪適用を取り消させるのである。
また南多摩署組織犯罪対策課の初老の刑事・藪下哲夫。警察用の公安が所轄署の頭ごなしに4人を共謀罪で捜査することに異様さを感じた藪下は、独自に4人の軌跡をたどり、笛ヶ浜の宗像「文庫」での彼らの懸命の学習内容を調べる。そのくだりで、小説としては異例ながら、日本の労働法と労働問題、世界の社会運動の現状が、彼の戦後民主主義への思い入れをまじえて詳しく紹介されるのだが、それはとりもなおさず、太田愛自身の労働問題の勉強内容でもあるだろう(本書はきわめて多くの労働研究の参考文献を添えている)。そして藪下は、日夏とともに週刊誌「真実」の報道にも助力し、最後には、4人の「ユシマの息を止める」真意を知って、彼らが工場へいたることを間接的に擁護するのだ。
それに警備室で働く派遣清掃員・仙波南美。若い彼女も過去の切実な体験からぼんやりと目的なく日を過ごしていたが、とりとも労組の4人の行動になぜか惹かれ、団交を見守り、その報告会にも参加して、私もゴミじゃないと感じるようになる。そして彼女は、とりともの活動をなかったことにすると決まって、団交に出席した板垣副社長が慌てて不十分にシュレッダーに投じた団交記録を、清掃時に引き抜いて密かに保存していた。それが優しい上司の派遣警備員・山崎を通して週刊誌の手にわたり、日夏情報と共に公安と会社の嘘を決定的に暴くことになる。
その仙波南美は、ストライキ翌日(?)の未明、日の出前30分、徹夜でつくった美しいプラカードを抱えて生方工場に向かっていた。工場前集会に参加するためだ。ユシマの労働者や「はるかぜユニオン」のスタッフだけではなく、一般市民をふくむ世代を超えたさまざまの人びとがすでに集いつつある・・・。
本書は労働者の状況や企業および警察権力の対応の論理をきわめて具体的に描くだけに、ときに生硬な筆致もある。また矢上以下4人のスピーチはあまりに情理をつくして雄弁にすぎるという気もする。とはいえ、階層の上下を網羅する人びとの多様性(バラエティ)と、彼ら、彼女の変化(チェンジ)との共存という物語の本質的な魅力を、『未明の砦』は備えている。とりわけ、4人以外にも、厳しい環境や執拗なトラウマに閉じこもっていた何人かの労働者が、ためらいながら人間らしさを取り戻してゆく変化はの軌跡は心をうつ。それに時点の倒叙による推理もの風の筆致も、登場人物のポリフォニー(多声)による頻繁な場面転換を用いた映画的な描写も、この小説を一気に読ませる要素になっている。。
『未明の砦』は、とりわけ現時点の日本社会にとって際だって思想的に意義ぶかい作品であるように思われる。最後に、その独自的な寄与について、私なりに気づいたことを2点あげたい。
その1.矢上らの学んだことのひとつに、イギリスの1920年代、はじめて女性参政権を求めて建物破壊や放火まで辞さなかった「女性社会政治同盟」、サフラジェットの活動がある。「女性が立法活動に参加できない以上、私たちはあなたたちの法律には従わない。・・・法律を作る権利を自分たちに与えるためにこそ、私たちは法を破るのだ」、それが破壊活動を肯定する彼女らの論理だった。そしてサフラジェットのように、4人も後に「ルールを守らないやり方で闘うこと。法律やルールを都合のよいようにつくったり変えたり無視したりできるユシマを相手に、こちらだけがルールを守って闘ういわれはない。またルールを守って勝てるわけがない・・・」と申し合わせている。企業内に張り巡らされている、合憲制も疑わしい「社則」や労務管理については本当にそのとおりである。
けれども、現在の日本では、ときに体制の秩序やルールを超えようとするスタンスは、度しがたい「過激派」のそれとみなされよう。それでも本書は、ひいては太田愛は、あえてこのようなラディカリズムの姿勢を突き出す。正当なピケが「威力業務妨害」とみなされるような今、このようなラディカリズムは、サフラジェットも否定した人身攻撃でないかぎり、捨てることのできない発想ということができる。
その2。労働研究書には、また社会派の文学には、非正規労働者の惨苦を凝視する作品もいくつか見受けられる。けれども、それらとくらべて『未完の砦』には類書と異なる特徴がある。ほかでもない、それは、深刻な労働問題を解決する手段として、行政への救済申請や提訴による司法判決ではなく、労働者自前の労働組合運動が、それも、労働現場でのストライキが決定的であるとされていることにほかならない。
日本の労働状況を多少とも知る者にとって、こうしたユニオニズムへの凝視と期待が、さしあたりどれほど「反時代的」であるか、とりあえず国民多数の「人気」を博したいならば、それがどれほど大胆な言説であるかは自明であろう。とはいえ、長年の私の持論をここでまたくりかえすまい、<ともとり労組>のような労働現場のユニオニズムなしには、労働者の日々の不安や鬱屈や心身の疲弊はひっきょう軽減されはしないのだ。そこを避けることなく直視した太田愛の勇気と、労働の現実を可視的に再現した力量に、私はオマージュを捧げることをためらわない。まだ「未明」ではあっても、この作品が「反時代的」とみなされない明日の陽光はかならず訪れる。




















