4月19日、国会周辺では実に3万6000人もの人びとが駆けつけて反戦を訴えた。20代~70代の老若男女、これまでよりも女性たち・若者たちの姿が際立つ。その映像が心をうつ。大阪でも札幌でも、環状線のターミナルでも、それ以前からの夜のペンライトデモにおいても、気づくのは長らく冬眠していた久方ぶりのデモの文化の復権にほかならない。各国でのリアルな戦争の惨禍、日本での現政権によるの戦争準備、それに伴う人権抑圧の危機感が、長らく政治から身を遠ざけていた人びとの心をようやく言挙げに誘ったのである。
人びとの多様なプラカードやゼッケンには、イランを「石器時代」に戻すぞと恫喝したトランプや、ウクライナでジェノサイドを続けるプーチンなどにNO!(退陣)を迫る表明もある。しかし現時点の日本でのデモの要求はなによりも、およそ平和主義を歯牙にもかけない大国・強国の戦争屋たちにむしろ協力するかのような高市政権へのきっぱりした拒否だ。高市早苗は、殺傷武器の輸出をすでに全面解禁したうえに、非核3原則を緩和し、憲法9条2項の廃止を目論む。そうした戦争ができる準備と呼応して、国民監視のインテリジェンス強化、スパイ防止法、国旗損壊罪制定など人権を抑圧する制度を本格的に制度化しつつある。自民一強のうえ、維新、国民民主、参政などの追随もある。国会内での少数野党のチェックに頼ることはできない。平和と民主主義は存亡の淵に立っている。ほのかな希望は「高市NO!」の声を上げる市民たちの継続的な議会外の抵抗運動にあるかにみえる。
これまでの大規模な反戦デモの体験をふり返ってみよう。1960年の安保闘争では、正式の指導部は社会党、共産党、総評からなる安保共闘会議であった。労働組合の抗議ストイキも組織された。文化人や一般市民からの多くの参加が運動の幅を広げた。一方、全学連の学生たちは機動隊の壁を突破して国会への「乱入」を慣行した。それに対比して、2015年の安保法制反対運動は、半世紀にわたる闘争の不在に鬱屈していた旧世代の人びとが学生グループ・シールズの呼びかけに応じて個人として参集し、秩序維持の枠組みのなか整然と行動した。労組の旗を掲げる動員も、警官隊との激突ももうみられなかった。労働組合の変質もふくめて「世の中」万事、60年代年よりもはるかに穏健化していたのである。
それからおよそ10年を経た現時点の反戦デモは、ある意味では2015年の特徴を引き継いでいるとはいえ、一部では「戦争させるな、憲法壊すな総がかり運動」などのとりくみはあれ、総じて政党や労組ナショナルセンターの関わりは希薄で、参加はもっと個人的、自発的なベースである。そのぶん穏健ながらアナーキーな印象である。各地でのリアルな戦争の悲劇、そして日本での憲法9条の危機が明らかに可視的になったいま、政治嫌いの人びとがいたたまれず声を上げ始めたものとはいえ、ある参加者の印象では、「まなじりを決して」という風ではない。祭りのような明るさもある。それぞれにユニークな手作りのプラカーやゼッケン、ペンライト、楽器演奏・・・。「まだ声を上げられるうちに」はじめてデモに来て、こんなにたくさん仲間がいるんだとと実感し、マイクを握って涙ぐみもする。そんな人びとが狭い歩道に犇めいている。すばらしい光景である。
私は、このような自発的な参加者たちの穏健な、より厳密には非暴力的なアナーキーな性格を、現時点の反戦・憲法擁護の運動は失ってはならないと感じる。そのためには、(もしはっきり存在するとすれば)デモのリーダーや呼びかけ人が、参加者たちが「過激」を嫌って、「弾圧が怖い」「もう来たくない」と離反するだろうことを忖度して、交通その他の秩序維持を第一義と考えて、時間や行動範囲を過度に統制することは避けるべきであろう。狭い歩道に閉じ込められて予定コースを一巡して帰る。それで十分だろうか? 怒りの熱量は、例えば、要所でのシットダウン(占拠)、街路に広がるフランスデモ、日常生活でのボイコット、そしてできるならば職場での抗議ストなどに噴出するかもしれないのだ。そうしたラディカルな「決壊」を政治的リーダーは敵視してはならない。「散乱放逸も捨てられず」(親鸞)。思えば、アメリカの99%オキュパイ運動、教師たちの学校ピケ、ヨーロッパの反ヘイト、香港や韓国の民主化運動などはすべて先端では「秩序」を超えたのだ。日本においてもいくつかの公害告発住民運動、沖縄の反基地闘争などでは、人びとはデモやスタンディングばかりでなく、必要とあらば現地に座り込んだのである。
さまざまの法規がますます自由の領域を狭めるようとしている。その法規が許す範囲内に抗議行動を限局することは、政治を変える方途を議会の決定のみに委ねることに等しい。
門寛子なる自民党議員は、4.8国会正門前の憲法守れ、戦争反対のデモにふれて、「国会に集まってペンライトを振るって、それで政権変わらないですよね」「厳しいことを言うようですけど『ごっこ遊び』にしか見えないんですよ」と冷笑したという。彼女の「冷笑」に対しては軽蔑と嫌悪をもって報い、人びとの真摯な願いを一顧だにしない政治家としての鈍感さを嗤うことはできる。だが、門寛子は、結局、すべては国会で決まるのよ、そんなに言うなら選挙で勝ってみなさいよと言いたいのだ。日本では結局、政権を揺るがすような議会外行動はできないだろうというクールな読みもうかがわれる。ある意味で彼女は正しい。私たちが徹頭徹尾、議会主義に忠実に、すべての街頭行動を過度に統制してその成果を選挙に収斂させるかぎり、彼女の放言を本当に撃つことはできない。


