研究会「職場の人権」が甦る

2022年3月30日

 2022年3月26日、研究会「職場の人権」は、19年8月以来およそ2年半の冬眠を経て目覚め、大阪北浜の大阪経済大学の教室で、その再生記念シンポジウムを開くことができた。ハイブリット形式で、参加者は会場で20名あまり、オンラインで全国から約30名であった。司会は、この間、再興準備の中心だった伊藤大一(敬称略)、報告者は研究者3人(萩原久美子、本田一成、私)、それに労働運動の担い手4人(POSSE・総合サポートユニオンの坂倉昇平、全国建設運輸連帯労働組合関生支部の西山直洋、大阪全労協の竹林隆、サポートユニオンwith YOUの島野正道)である。
 テーマは<「職場の人権」の過去・現在・未来>であったが、主催者の狙いは、差別やハラスメントなど労働現場での人権抑圧も「個人の責任」とみなされて孤立のうちに打ちのめされがちな労働者が、居場所と相互扶助のなかまを見いだすことのできるような、さまざまの企業横断的な労働組合のありかたの模索にほかならなかった。

 今日の大学における信じがたいほどの民主主議の空洞化(萩原)、ゼンセンの画期的な労働協約拡張の営み(本田)、東京の若い専門職・サービス労働者へのおそるべきいじめ処遇の実態(坂倉)、いま権力の攻撃のさなかにある関生支部という組合のすぐれた特質(西山)、労働相談にうかがわれる絶えざる人権抑圧(竹林)、高校生に対する労働組合というものの不可欠性についてのねばりづよい語り(島野)など、報告はいずれも興味深く、質疑・討論は実に活発だった。私の「まとめ」発言はとりとめなかったけれど、強調したかったことは、ハラスメントという抑圧が以前にもましてあまりにも恒常化していることのほか、ユニオニストたちの組織形態や「系統」を異にする他の組合の活動に対する関心であった。たとえば、西山は「私たちの直接の雇用関係のない労働者への関生支部の働きかけ」はゼンセンの協約拡張と同じ営みと語っている。本田や竹林の東京の総合サポートユニオンはなぜそのような運動ができるかの質問も注目に値する。「労働者の人権」をベースにした、多様な労働運動の担い手たち相互の交流こそが、今もっとも必要なのだ。

 私ははじめに、1999年9月に発足した<「職場の人権」のこれまで>を反省を込めて報告した。発足時の問題意識は、【能力主義管理の浸透⇒労働条件決定の個人処遇化⇒受難の「個人責任視」⇒個人処遇に立ち入らない労働組合のありよう】という連鎖のくびきに閉じ込められて、いま労働現場の普通の労働者が日常的に人権の危機に痛感しているという認識である。注目したのは、一概に「非合法」とはいえない選別的な労務のありかたであり、それゆえ、労働現場の人権問題を克服する方途として重視したのは、産業民主主議・労働組合運動の復権であった。以降20年、泰山義雄らの不屈の事務作業もあって、私たちは224回の例会をもち、記録担当の笠井弘子の献身もあって、例会の報告と討論の内容を詳しく伝える107の会誌を残している。日本の労働の状況に関する、これは分厚いアーカイヴスということができよう。最盛期には全国で会員440名を数えたこの研究会も、99年夏には、人的・財政的な資源不足、あるいは企画の限界?などによって幕を閉じた。だが、例えばハラスメントの苦しみが労働者の最大の訴えに浮上している現在――その点では皮肉にも私たちの問題意識はある意味で「先駆的」であった――「職場の人権」はやはり再興されるべきだった。伊藤大一、笠井弘子、若村青児ら、IT技術にも長けたスタッフの工夫と努力が実り、ここに再興が実現したことは本当によろこばしい。
 私自身も、研究者と実践者が協同するこのユニークな研究会から学んだことははかりしれない。私の60代、70代はまさに「職場の人権」とともにあった。最大の友人たちもそこにいる。83歳になった今、これからの研究会の企画と運営は、再起を具体化させたメンバーの方々に自然に委ねられるだろう。またしばらく併用されるオンライン方式は、以前よりも遙かに地域的に広汎な人びとの関心を呼び起こすかもしれない。
 3月26日、喫茶店での歓談を終え、畏友、伊藤正純に送られて帰途、夜の近鉄特急に乗車したとき、深い疲れのうちに、ああ終わったという感慨に胸が満たされた。春が訪れている・・・。
  *『私の労働研究』堀之内出版、2015)所収の2012年秋の段階での「職場の人権」    の中間総括も参照