近著3冊の紹介

*『私の労働研究』堀之内出版(2015)
 これは労働研究を専門とする私個人の発想の過去と現在を掬うという、堀之内出版の女性編集者の思い切った企画によって刊行された本。いくらか気恥ずかしいけれど、私には幸せにも光栄にも思える著書です。その内容はヴァラエティに富み、(1)私の半世紀にわたる労働研究の軌跡──そのテーマ、問題意識、著作の概要、(2)これまでの研究生活を支えてきたプライヴェートな生活史・「回想記 労働研究の道ゆき」、(3)現時点での日本の労働状況の多角的な分析、(4)社会の諸問題や個人の体験をめぐる近年のエッセイ、(5)いくつかの書評、感銘を受けた映画へ思い・・・に及んでいます。どの章からでも気軽に読める、拙著としてはもっとも多彩な魅力に満ちた本とも評されています。日本の労働のありようを考えようとするみなさまに、研究歴55年もの老いた労働研究者の懸命の発想の軌跡がいくらかでも参考になればと願っています。200頁ほど定価2200円です。


*『過労死・過労自殺の現代史―働きすぎに斃れる人たち』岩波現代文庫(2018)
 現時点でも足音の絶えることのない、日本の企業社会の病弊ともいうべき数多の過労死・過労自殺。彼ら、彼女らは、どんな気持でどのように働き(働かされて)死に到ったのか? 無念の遺族はどのような葛藤を経て告発に転生したのか?
 この本は、1980年代から2000年代に到るまでの50人以上に及ぶ過労死・過労自殺の人たちの心身の燃えつきと、遺族たちの抗議の軌跡を細部にわたってリアルに描写し、それを通じて企業社会のうちに潜む過労死・過労自殺の要因を重層的に摘出しています。それは告発の書であるとともに、斃れた人びとへの鎮魂の物語。2010年刊行の原著は小説のように読めるとも言われましたが、一方、「過労死・過労自殺研究の今日の到達点」という過分の評価にも恵まれました。「現代の古典」とも称される岩波現代文庫にとして刊行された本書では、2010年代末の状況を考察する、小論文のような「あとがき」を書き添えています。
 この本では、トラック運転手もさまざまの工場労働者も、営業マンもOLも、MRもSEも、開発技術者もサービスエンジニアも、学校教師もナースも、そして班長も係長も店長も、つまり広範なありふれた職種の労働者たちが主役の受難者です。それはふつうの真摯な労働者が偶然に遭遇する労働体験なのです。「あれは、私の歴史だったのだ。すべては、私の身に起こっているのだ」(巻頭の引用、ボーヴォワール『他人の血』)。過労死・過労自殺の根因は多くのふつうの働き手に共通するものであり、この悲劇は誰にでも起こりうるもの。私はこの本がともかく多くの方に読まれますよう切望しています。434ページ、本体定価1540円です。


『スクリーンに息づく愛しき人びと~ 社会のみかたを映画に教えられて』
  光文社(2022)