その14 過重労働とパワー・ハラスメント-自死に誘われる若者たち-

Ⅰ はじめに 問題の整理 

 日本の企業社会の宿痾--なかなか治らない業病ともいうべき過労死は、日本特有の企業労務を起動因とし、これまた日本特有の「媒介要因」を経て、過重労働や長時間労働をもたらす、そしてそれらが過労死を生む。まずそのように押さえてよろしいと思います。
 過労死には、大雑把に言って2つの類型があります。
 ひとつは比較的初期には、それだけが問題としてまず浮上したわけですが、脳・心臓・血管の疾患、例えばくも膜下出血、脳内出血、脳梗塞、急性心不全などで亡くなる類型。これはいわば古典的、伝統的な過労死、狭義の過労死とよんでいいでしょう。
 もうひとつは、しばしば古典的な過労死と同じような背景をもちながらも、極度のストレスや鬱病などの精神疾患に陥り、その結果、死を選ぶという過労自殺です。過労死自殺もむろん広義には過労死なのですが、これをさきの狭義の過労死と一応区別し、今日はこの過労死に焦点を据えることにします。 80年代後半に顕在化しつつあった過労死は、遺族の告発や弁護士の110番活動を経て社会問題として浮上しました。1988年が「過労死元年」です。そのころは、主として中高年層中心のいわゆる古典的・伝統的な過労死が多かったといえます。しかしながら、その当時からなかったわけでないのですが、とくに21世紀近くになりますと、この狭義の過労死に重なって、次第に過労自殺が増えてきて、若者の場合には、これが狭義の過労死をしのぐほどになってきました。
 資料は順不同ながら、とりあえず資料1、2016年の厚労省「労災補償状況」をみてみます。この年の過労死関係の労災の請求件数、認定件数、認定率を示しています。脳・心臓疾患とそのうちの過労死、精神疾患とそのうちの過労自殺の4項にわけてそれぞれの件数がわかります。請求件数からいえば精神疾患の請求件数のほうが多い。1586件ですね。認定というのは、これは労災にあたると判定された労災支給件数。これが脳・心臓疾患の場合は260、過労死は107。つまり公に認められた狭義の過労死は107人です。精神疾患の場合は498件で、認定された過労自殺は84。84人は確実にみて仕事のために過労自殺したのです。若者は過労死よりも過労自殺のほうが多いです。ところで認定率はといえば、過労自殺の場合42.4%ですから、請求の半分以上は、労災と認定されませんでした。脳・心臓疾患での過労死の場合は、認定率を計算できる数値が資料では欠けておりますが、前年の数値をいうことはできます。2015年、脳・心臓疾患の過労死の認定率は37.4%という水準です。

資料1

 労災申請した病気にしろ死亡にせよ、だいたい30%~40%ぐらいしか支給認定されないということです。もちろん、なんらかの事情で申請しなかった人は、申請者よりもはるかに多数です。過労自殺の場合、申請した人は16年で198人ですが、根拠は曖昧とはいえ、一般には2000人が過労自殺をしていると観測されています。くりかえしますが2016年の過労自殺は、「観測」の1割の200人近くが申請、その半分以下84人が認定です。
 私は2010年に『働きすぎに斃れて--過労死・過労自殺の語る労働史』という本を書きました。この著作は私の晩年のもっとも中心的な仕事ですが、値段も高くて重版されなかった本ではあります。50人以上の過労死・過労自殺のケーススタディです。彼らはどういう職場体験を経て、どのように心身を疲弊させ、死に追い込まれたのか、どういうことがしんどく、どんなことを考えて、あるいは考えるいとまもなく死んでいったか、その遺族たちはどのような闘いを展開したか--そんなことを物語として綴ったうえで、帰納法的に過労死・過労自殺の原因を究明した本です。ここでも過労死・過労自殺の詳しい経過はいくらも語りたいですが、もちろんその余裕はありません。そこでこのほんの抜粋ですが、資料2をご覧ください。ここでは、仕事の種類別に、過労死・過労自殺の類型化を試み、それぞれの代表的な事例をあげたものです。すべて労働史に残るような重要な事例ばかりです。例えば類型Ⅰは「連続・反復作業型」で、これは繰り返し作業が密度で長時間行われる場合のしんどさからくる過労による死。「ひとり作業型」といって、家族から離れて不便な生活をしながら無理な仕事をする場合の死もあります。「営業職型」、数字で示されるノルマを達成させようとする上司の、ときにハラスメントを含むきびしい督励のもとで、いくつかの取引先との納入量や価格の折衝にもあたる若手営業マンの過労死・過労自殺、ずいぶん事例が多いです。それから「専門職型」。これはふつう数値的なノルマはあまりありませんが、仕事そのものにやりがいや使命感を感じることが多いだけに、所属機関やサービス受益者の要請に応じてあえて仕事の境界を広げて無理を重ねるにいたる対人サービス専門職の過労死・過労自殺。これもたいへん多いです。教師なんかが代表例ですね。ここはしかし、他の類型にくらべ過労自殺はそう多くありません。それから「技術者型」。これは過労死もさることながら、過労自殺の多い仕事です。ここではノルマは納期という形を取ります。数値的にいくつ達成するかというよりはいつまでに設計を終えるか、いつまでに結果を渡すか--そういう納期に追われ、専門技術を駆使してほとんど際限のないストレスに満ちた仕事を続ける人。設計技術者やSEなんかの過労自殺がよくあります。もうひとつ、意外に多いのは現場管理者、下級管理者、例えば組長、主任、係長などです。課長さんになるとちょっと少なくなる印象ですが・・・。こういう下級管理者者の場合の一番の問題は、自分自身が上から課せられる重いノルマを背負っていて、そのノルマを達成させなきゃいけないという重い圧力に押されて部下を厳しく督励する。だから彼らは上からのハラスメントの被害者であるとともに、部下へのハラスメントの主役にもなる存在です。早い話がアルバイトの人が集まらなければ代わりに自分が働く、いつもピンチヒッターとして働くから、連続3勤務なんかをやったりする、そのやりきれない鬱屈。そういう例がたくさんこの本で物語として書かれておりますが、今日はそれぐらいにして次に進みましょう。

資料2

 過重労働はパワーハラスメントに媒介されて過労自殺を生みます。あらためていえば、そのあたりの解明が今日のテーマです。もちろん、過重労働がなくても、ハラスメントだけで自殺することもあり、過重労働だけで自殺することもあります。あまりにも仕事がしんどい。あまり厳しく叱られたりしないのに、自分で、自分で、というふうに追いこんで死んでしまう場合もあります。しかしながら、総じて、過重労働にハラスメントが加わると、働く若者の過労自殺の可能性が高まる--そういってまず間違いはありません。さて、前提としてこのように問題の整理をしましたが、以下、内容は大きくふたつに分かれます。なお、上の著書とは対照的に、今日の論理展開は演繹的です。

Ⅱ 過労死、過労自殺 共通する重層的な要因

 根底にあるもの--日本企業の労務管理 過労死・過労自殺に共通する重層的に重なる要因を考えてみます。日本的経営は、どうしてこうも過重労働を生み出すのか? これは、日本の労働者はなぜこんなに働くのかという議論と同じで、過労死論をさておいても、私はよく<日本の労働>についてのシンポジウムなどで語ったりもします。まず、そこをまず聞いてください。
 その根底にあるものは、ほかでもなく、働きすぎ求めてやまない日本企業の労務管理の性格です。日本企業における働かせる構造と論理、そこのところを抜きにしては、いかなる過労死論もやはり虚妄に終わります。「日本人っていうのはとにかく働きが好きでね」といった「国民性」の議論には、私はとても与することができません。
 企業間競争の激化する時代の到来とともに熾烈化した要員削減やノルマの過重化。この過重ノルマは売上高や利益率といいった数値的なノルマもあれば、納期というかたちもあり、取引先を拡大する、新しい契約を取る・・・というように実にさまざまですが、ノルマこそは現場の労働者を厳しい労働に駆り立てるもっとも直接的な要因です。ノルマは労働研究ではこれまであまり注目されてこなかったのが不思議です。銀行の一般職OLなんかでも、自社の勧めるカードの契約を何件とるかといったことがノルマになったりしています。ノルマの強制の程度やその達成の成否の労働条件に及ぼす影響度は、例えば総合職ではきわめてきびしいというようにさまざまですが、一般に組合規制はほぼ皆無で、従業員はノルマを拒めません。
 この過重ノルマを起点として、長時間の残業やサービス残業や休暇返上の要請が続きます。例えば日本の有休取得率は、ここ40年ほど50%未満の水準にぴったりと貼り付いて動かない。周知のように外国の会社へ行って貴社の労働者の有給休暇の取得率はどれぐらいですかと尋ねると怪訝な顔をされます。取得率という概念そのものがヨーロッパにはないからでね。
 このあたりは、お見かけするところ皆さん耳の肥えた方ばかりという感じなので、どんどん進みますと、過重ノルマから必然化されるのはまずもって日本の長時間労働です。正確に言うと、一般的な労働時間がどんどん長くなっているというよりは--当然のことです、パートタイマーがふえていますからね--日本の特徴は超長時間働く労働者の比率が高く、それがいっかな減らないということにほかなりません。もっとも代表的な資料(再掲省略)は、2012年の就業構造基本調査(今のところこれが最新版です)。これで見ると、週60時間働いている男性正社員は20代後半では19.6%、30代前半では20.6%、30代後半では19.4%。若手・中堅のおよそ20%に及びます。週60時間の労働ということは週20時間の残業ということですね。週5日出勤とすると一日に4時間の残業。そんな労働ではどんな生活になるか想像していただきたいと思います。ちなみにこれで計算すると、4.3を掛けて月の残業時間は86時間になります。過労死の認定基準を超える長時間労働です。
 もうひとつ、次の資料(再掲省略)は、男女を問わず、雇用形態を問わず、なのですが、週50時間以上働く労働者の国際比較です。時点は2010年。日本は29.5%。イギリス11.7%、アメリカ10.7%、フランス8.6%、ドイツ5.1%、スウェーデン1.3%。日本はダントツで堂々の金メダルということになります。だいたいヨーロッパの国では、どんなことがあっても労働者は週48時間以上働くものではないというのが「公序良俗」だとされているみたいです。サービス残業の現状、休暇取得の返上については、数値を省略いたします。

 ふたつの日本的特徴 さて、ここからは、従業員を働きすぎにさせる日本的経営の特徴について私が重視したいことに立ち入ります。経済グローバル化時代に経営環境が厳しくなってきたからこんなに働かせるようになってきたという一般的な説明ではつくせず、日本的経営には従業員を働きすぎに駆り立てる独特の枠組みというものがあるように思います。ポイントはふたつあります。
 ひとつはよく指摘されることですが、日本では「就職というよりは就社」です。簡単に言いますと、個人の職務区分、職務範囲というものがあらかじめ決められた職種ごとに採用され、その職種でのだいたい標準的な仕事の遂行で給料が払われるのではなくて、日本企業では、正規の従業員として迎え入れられたひと個人の職務範囲というものの区分は不明瞭で、日々の仕事量や必要とされる残業時間や、働く部署名などについてはきわめてフレキシブルなのです。そのフレキシビリティの要請を引き受けなければならない。この要請へのほとんど無限の適応いかんが、日本企業の求められる「能力」といっていいと思います。このことは従業員の「責任」の無限定さということですね。そこに従業員の仕事量が規制を受けず増やされてゆくひとつの根拠があります。
 それからもうひとつ。ここは多くの過労死論・働きすぎ論で見逃されていることで、私に独自的な視点なのですが、こう考えることができます。一般に先進諸外国では、エリート層は成功や富を求めて無理して懸命に働くけれども、多数のノンエリート労働者は違います。彼ら、彼女らは企業や経済のことなんか私たちに関係ないよなみたいな感じで、それよりは自分たちの生活を大切にしよう--そういう一種の庶民的開き直りが定着しています。ノンエリートのレベルでは、あまり長時間労働を受け入れないという風土なのです。日本はそこが違うのです。日本には、従業員の階層間で労働のオリエンテーション(労働に向き合う姿勢)があまり変わらないという、経営者にとってはまことに喜ぶべき状態が存在するわけです。これはなぜか。根深い歴史的な要因もありますが、直接的には、査定付きの年功制の役割が大きいと思います。年功制にはある種の平等性があります。はじめは従業員のみんなが階層性の下に位置していて、長年の従業員生活を経て成功の度合いが分化してくるのです。昇進、昇格、昇給の程度や遅速はこの成功度によって決まります。現実の年功制がほぼ一律の昇進、昇格、昇給をもたらしたのは労働組合の力が大きかった戦後初期、つまり人事考課・査定というものの適用が厳しくチェックされていた時期だけです。この場合はいわばトコロテンシステムの年功制で、私はこれを「ハト派の年功制」とよぶのですが、ハト派の年功制は、戦後初期、あるいは特定の産業、特定の労使関係のもとでだけだったのです。およそ1960年代から、まぁ経済成長の頃から、そして能力主義管理が浸透すると明瞭に、年功制にはかならず査定がまとわりつくようになりました。すなわち査定によって、昇進、昇格、昇給は人によって違う。勤続年数がそれらの有資格者を決め、査定が該当者を決めると総括していいでしょう。最後には査定でことを決するということですね。
 年功制が理念的に備えている平等性(階層性の事前的な否定)と、査定のもっている選別性(階層性の事後的な承認)が組み合わされるとどうなるか。結果は、労働者の多数が、ノンエリートも含めて、長期間にわたり上昇競争の志向に駆り立てられるということにほかなりません。昇進アスピレーション、上に上がろうとする熱意というものがクールになる、冷却される時期がなかなか来ないということです。一般には50代の半ばぐらいまで、それが来ないのではないか。それまでは査定によって昇格や昇給に少しづつ差が付きますからね。こうして多数の従業員が長期間競争志向に駆られる、そういう働き方が生まれてくるのです。ここが査定付き年功制というものの秘密です。全階層的に多くの人がしらけないでがんばる、そんなふうに自分の労働生活を方向付けるのです。従業員階層によって働く姿勢があまり変わらず、結局ノンエリートもふくめると日本の労働時間が長くなるのはそのためです。このあたりわかっていただけますか? 以上が日本企業での働かせ方を管理する企業労務とそのフレームワークです。 しかしながら、考えてみると経営者というのはどこの国でも労働者を過度に働かせようとするものだから、そんな本質をもつ企業労務と、働きすぎや過労死・過労自殺の間には、さらに、これまた日本特有の媒介要因があると考えなければならないでしょう。そこに議論を進めます。その媒介要因を私は2つあるいは3つあげたいと思います。

 媒介要因1 そのひとつは、働きすぎを規制すべき政府の労働行政、労働保護法が不備であるということです。簡単にいうと政治的な労働規制が弱いのです。新自由主義志向の政府の喧伝ゆえに日本は労働規制の強い国だと思っている人がいるかもしれないけれど、とんでもない話です。EUなんかの経営者に比べれば日本の経営者が労働者の扱いにおいて享受できるフリーハンドはすごく大きいとに言っていい。ここでは詳しく例示しませんが、例えば残業マキシマムの法的規制は弱い。今までは罰則付きのものはなかった。今度できるんですが、法案でどんな水準のものができるか思い返してごらんなさい。アホくさくって、という感じ。ときには月100時間未満さえ許されるという条項をふくむ年720時間ですよ。それが華々しい「労働改革」の結果です。しかし今まではそれもなかったわけだから、連合なんかこれでできたといって喜んでいます。体制追随もいいかげんにしてほしいですね。
 また、非正規労働者の雇い方や支払い方についての経営権は全般的に政府のチェックを受けません。日本では一貫して社会民主主義的な政権でなかったということもあるけれど、自民党政権だって、もっと労働運動や野党からの強靱な運動があれば、もっとまともな働き方にさせるような法的な枠組みを作れるはずなんです。端的な例として、例えば労働基準監督官は日本ではきわめて少ないのです。資料(再掲省略)を見てください。雇用者1万人あたりの労働基準監督官の数を調べると、日本は0.53。アメリカはさすがに新自由主義の国というのか0.2ですが、フランスは0.74、イギリス0.93、ドイツは1.89。労働基準監督官は少ないことは、企業の労基法違反が見逃される可能性が大きいということです。

 媒介要因2 次の媒介要因はいうまでもなく労働組合規制の弱体化です。今の日本の労働組合の守備範囲は極端に限定されています。とくに過労死論の文脈では、労働者の<個人の受難>に不介入になっていることが致命的です。このあたりは私の最近の労働組合批判の中心部分で本当はもっと詳しく語りたいのですが、ごく簡単に説明します。
 いま職場を支配しているものはおよそ昭和40年代末ぐらいから定着した日本的能力主義にもとづく選別です。それが査定の強化を通じて労働条件決定を個人処遇化しております。労働協約や労働法によって一律に規制される分野を小さくして、上司の査定によって決まる部分を大きくしている--それを労働条件の個人処遇化といいます。そしてそれゆえに職場生活のしんどさは過度の残業、ハラスメント、心の危機、過労死・過労自殺などにみる<個人の受難>として現れます。しかもその個人の受難は「公平な」能力主義的選別を前提としているだけに、不当な差別としては認識されず<自己責任>とされてしまう--そんな強い強い傾向があります。組合はそこのところを問わずにきたのです。
 80年代以降にもなりますと、労働組合は、正社員の昇給と雇用保障があれば--非正規労働者の処遇については総じて企業別組合は眼中にありません--労働者の働き方や働き方を巡る人間関係のことについてはもう何も言いませんという立場になりました。つまりノルマの水準やその督励の仕方、個人に課される残業、配置転換や出向などの人選等については、もう一度言いますと昇給と雇用保障があれば、あまり文句を言いませんという考えになったのだと総括することができます。これらについては経営者の専権が貫徹し、その経営者の専権を傍観してきたというのが労働組合の現状です。しかし例えば過労死なんかに労働組合にも責任があるかと問えば、責任があるというほかはない。不思議に誰も言わないだけです。例えば36協定は労使協定ですからね。ところがその36協定の特別条項は、今まで100時間以上の残業とか、場合によっては24時間継続労働とかも承認していたのです。個別組合は一般的に時短とか有休の完全取得とかは要求するようですが、職場で起こった<個人の受難>の極北ともいうべき過労死について立ち入ることは決していたしません。

 媒介要因3 媒介要因としてさらにもうひとつ。これも簡単すぎる説明ですが、企業社会の外を取り巻く社会的な要因があります。とくに日本の社会保障の特徴的な枠組みです。
 日本では、職域を超える福祉国家の普遍的な保障が大変乏しいので、企業内での保障どれほどであるかということが労働者生活の明暗に大きく関わります。端的に言えばこういうことです。つよいジェンダー規範のもと、男性サラリーマンは、会社員人生の成功がなければ、自分と扶養家族の生活保障は危ういという考え方を、骨がらみにたたき込まれてきています。日本の労働者というのは自分とか家族の生活よりも会社のことを大事にして働きすぎになってるんだという、半ば批判的な言い方がありますよね。私は違うと思います。普通の労働者が家族や自分の生活よりも企業や日本経済のことを大事に考えるという思想は、日本の労働者にもないと思います。そうではなく、日本では、自分の家族の生活のためには企業で重んじられなければならない、企業で良い評価を受けて昇進・昇格・昇給を遂げなければならない、そう考えるのです。心身を疲弊させてもがんばれば昇進はできなくても昇格はできる、昇格ができれば昇給はできる、少なくともその昇給は果たさなければ生活が危ういと思うのです。
 要するに、ことの本質は、日本では「自分と家族のため」ということと「会社のため」ということを峻別することが難しいのだ、私は長らくそう考えてきました。くりかえしますが、日本の労働者も、自分や家族よりも会社のことが大事なんだと考える、決してそんな人種ではありません。

 労働者の適応--「強制された自発性」 前半の最後に、私の過労死、過労自殺論にもっとも特徴的な点を、ありうる誤解を怖れずに語りたいと思います。それは、ときに過労死・過労自殺を招きかねない労働者の働きすぎには、労働者自身のある主体的な選択もしくは受容があるという見解です。もとよりこれは「強制された自発性」にもとづく選択なのです。これまでのべた根因と媒介要因のすべてが「自発」的な選択を促す「強制」の側面です。
 この点はしかし、例えば過労遺族の方に話しますと、その通りですと共感される場合もありますが、ときにいくらかの反発を受けもします。遺族の方々は、自分の夫や子どもは、ひとえに企業や仕事に殺されたと受け止めます。そう考えるのは当然かもしれないけれど、あえていえば日本の企業は強制収容所ではなく、日本のサラリーマンはいかに抑圧されていたとしても奴隷ではありません。結局は、このように働きすぎる自分の労働生活にいくらかでも肯定的な側面を見つけなければ元気にやってゆけないのです。「強制された自発性」の選択は切実です。もちろん結果として死を招くまでの選択が、さきに原因論のところでのべた働きすぎを促す日本的経営に特徴的なふたつの枠組みへの、従業員の必死の適応であることはいうまでもありません。それはある意味で、選択であるだけにいっそう悲劇的なのです。
 それに、労働者のある種の主体性の側面をみないと、そこを重視しないと、過労死・過労自殺の克服論から労働組合活動論が抜け落ちます。なぜなら労働組合活動はすぐれて労働者の主体的な意識によって営まれるからです。労働者意識にも注目しないと、過労死・過労自殺を救うアクターは、企業の温情か政府の配慮か、そのどちらかになってしまうんです。私は労働者自身によって過労死・過労自殺を克服する思想に固執します。そのためには「強制された自発性」による労働者ビヘイビアを、あえて過労死・過労自殺の要因のひとつと考えたいのです。

 強制と自発の多様性と変化 どのような過労死・過労自殺でも「強制」と「自発」の側面が混じり合っているのですが、両者の(変な言い方ながら)「混合比」は、職種や職位によって多様であり、時期によって変化します。過労死の具体的ケースを考察する場合にこの視点が有効になります。
 例えば、簡単にいって、管理職、専門職、営業職の場合には比較的、自発の性格がより強いです。経営の要請もさることながら仕事にやりがいがあるから突き進むのです。特に教師などの専門職はそうですね。医者もそういうところがあるでしょう。しかしながら、定型的な工場労働、サービス職、労務職といった「下積みの」業務の場合には強制の要素がより濃厚になる。例えばトラック運転手、あるいはコンベア作業者の過労死の場合は、働き方にほとんど選択の余地はなく、すさまじいスケジュールの管理と作業計画に締め付けられ、心身を疲弊させて死んでいく、そんな姿が浮かんできます。もういちど資料2を参照してください。
 以上が混合比の多様性ですが、では、その変化とは? それをもたらすのは経済の局面でしょう。例えば経済長期、60年代後半から90年代の前半ぐらいまでは、サラリーマンたちが企業内階層上昇をめざす競争に自分を投げ込んで働きすぎた時代でした。そしてその競争への自己投企は決して空しくはなく、それなりに成功者は多かったのです。経済成長があれば企業が大きくなる。企業が大きくなれば支店も、系列会社も増えるのです。そうすると社長の数が増えるのです。こうした事実は、案外大事なことなんですよ。つまり中卒でも高卒でも社長になる人がある程度は輩出した。こうしてサラリーマンの多くは中産階級化したといわれますが、そういう右肩上がりの時代には、従業員は全階層的に、あえていえば自発的にがんばって長時間労働に赴いたのです。しかしながら、バブル崩壊後の低成長期、引き続く平成不況のころから状況は変わります。成功者の比率はきわめて少なくなり、日本的中産階級のピラミッド型への分解が際だってきました。そうなると、過重労働への競争はひとつのサバイバル競争、俺が上がればあいつが下がるというサバイバル競争になっていく。すなわち、自発と強制の混合比において、強制の側面が強くなってくるのです。川人博さんも確か、「強制された自発性というのは基本的に正しいけれどもこの頃はどうも強制のほうが基本的なよう」とおっしゃっていたと記憶します。確かに現時点では、多くのふつうの労働者はどちらかといえば強制的に働かされているということができます。

Ⅲ 過労自殺を引き起こすパワーハラスメント

 パワハラとは? ここからは後半で、パワーハラスメントの考察に入ります。厳密には、過労死・過労自殺とハラスメントはまったく同じ問題とはいえないかもしれません。けれども、近年の若者中心の過労自殺を考えるとき、そこにたいていパワー・ハラスメントがまとわりついていることはあまりにも明かです。パワハラについては本当は別の講座でくわしく論じるべきなのですが、ここでは以上の文脈を念頭に置いて、議論を進めましょう。
 現在、労働者の3人に1人は、この3年のうちにパワハラを受けた経験があるといわれます。これはセクハラ体験の比率よりも高いという。別の資料では、「うつで病休、半数が再取得」、鬱になって病休、休職しても再び勤めたところでまた鬱になった、そんなことも多いということが示されております(以上、資料再掲省略)。
 パワハラとはどんな行為か。どのテキストにも載っておりますが、暴行・傷害、脅迫・侮辱・ひどい暴言、隔離・仲間外し・無視、業務上明らかに不要なことや不可能なことを強制する「過大な要求」、能力や経験とかけ離れた仕事を命じる「過少な要求」--隔離部屋なんかがそれですね--、それから私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」などです。その例は、私の著書にもいくつかあって、ヘアスタイルが悪い、体臭がひどい、結婚指輪なんて「そんなちゃらちゃらしたものをつけて仕事場に来るな」・・・無数にそんな言いがかりがありましたが、ともあれ、パワーハラスメントの行為は広範です。主として職場の権力者が部下に対していやな行為を継続的に行うというのがパワハラといっていいでしょう。

 差別と抑圧の4象限 さて、私のハラスメントでもっとも特徴的なのは、資料3に掲げたあるパワハラの位相に関する象限図、差別と抑圧の四象限分析です。これは私のものの考え方というのがいかに成長していないかを示すものではあります。記憶にございますか、この象限図はすでに『職場の人権』」創刊号の第一号にあります。私は80年代のはじめから、いじめというものがいかに日本の職場にとって枢要の問題かを痛感しておりました。そしてその問題意識を反映して、1999年9月の第一回「職場の人権」におけるシンポジウムでの報告のとき、この象限図を掲げたのです。それ以来、基本的な把握は変わっていません。これはもう知っているという人もたくさんいて気が引けるのですが、やっぱりこれが私のハラスメント論のもっとも特徴的な把握です。

資料3

 およそ企業の労働者に対する人権抑圧にはどんな類型があるかを考えると、こういう4つの象限にわけることができる。まずY軸で、その行為が労働基準法、労働組合法、男女雇用機会均等法、労働契約法など、およそ労働法に違反する、明らかに非合法であるとすぐにわかるものであるか、あるいはグレーゾーンにあって、直ちに非合法とはいえない、つまり括弧付きの「合法」措置であるかをわけます。この「合法」ゾーンを問題にしないと労使関係論は表面的になる。新聞記者はよく「企業のこの措置は合法ですか非合法ですか」と聞くけれど、実は職場の問題は、むしろ「合法」行為の方が多いのですね。次がX軸での分類で、抑圧や差別が特定の従業員階層一括のものであるか、特定の個人へのものであるかをわけます。
 そのうえでそれぞれの象限に属する行為の例をあげますと、第1象限には、女性労働者をひとしなみに差別したり、労使協調になびかない「第一組合」(古い言葉ですね)の活動家を差別したりする行為があります。明かな雇用均等法違反や労組法違反です。その真下、第4象限は、個人に対する非合法の圧迫で、暴行・暴力行使が代表的です。この暴力行使はもう日本の職場にはみられないかというと、なかなかさにあらず、平気で殴ったりする上司または同僚はまだいくらもいる。それからセクハラも、認定は簡単ではないけれど今ではここに、非合法に分類されます。
 Y軸の「合法」領域が厄介です。そのうち、X軸の上の第2象限、階層一括の抑圧と差別の代表例といえるのが、今なおというべきか、非正規労働者への低い処遇一般です。現在では雇用形態が違うということで雇用期間や賃金体系や賃金水準が違ったりすることは、一概に非合法ではありませんからね。そう考えてくるとると、その次に私が言いたいことはもうわかっているでしょう。いじめ・ハラスメントこそが第3象限--「合法」で個人を対象とした差別・抑圧--の代表例なのです。これは闘いにくいです。法的に「非合法」とすぐに言えないということがひとつの理由、ともに闘う仲間がなかなか見つからないとうことがもうひとつの理由です。そういう点で、このハラスメントという問題の深刻さが浮かび上がってくるのです。
 さらに深刻なことは象限の面積変動のゆくえです。いま、この第3象限が広がってくる可能性が大きいです。なぜかというと、まずY軸が右に移動する傾向にあります。全体としての労働の規制緩和によって、労働者の扱い方の非合法行為が少なくなるからです。残業代ゼロ法案なんて、残業代を払わないということが非合法ではなくなるわけですからね。それからもうひとつ。これはさらに労使関係に内在的な現象なのですが、X軸が上に上がる傾向が進行しています。能力主義管理の深化によって労働条件決定の個人処遇化が進むからです。ひとりひとりの処遇が問題になってくる。だから企業は階層一括の差別よりは望ましくない特定の個人をいじめることを重視するようになるのです。女性従業員を一括して差別しているんじゃありません、あんたの能力がダメなんです、そういう言い方で責められるわけです。再び現在のパワーハラスメントの問題の深刻さに思いをいたすべきです。

 東芝府中、国鉄解体期、2000年代のリストラ これまでのパワハラについて、ごくかんたんに触れます。私は先ほど、いじめの問題にずいぶん前から関心を寄せてきたと言いました。1980年代に私は、東芝府中の板金工であった上野仁への、徹底と執拗をきわめたいじめを告発する「人権裁判」に10年近く関わりました。私はしょせん応援団なのですが、裁判記録をくわしく検討したり、「守る会」で「民主主義は工場の門前で立ちすくむ」と講演したり、控訴審の鑑定意見書を書いたり、いくつかの論文を書きました。これは上司の徹底的な私生活干渉、「働く態度」の統制、「望ましい従業員ではない」ということでなかまから排除するいじめなのですが、最後には会社は、上野が許されないのは結局「能力不足」(本当は違うのですが)であるというところへ帰着させようとしたことが、私には教訓的でした。また、この東芝府中人権闘争は、労働基準法にも労働組合法も直接は関わらない、労務管理の直截な人格侵害に対する賠償請求であったという意味で、ハラスメントへの対抗運動としての画期性と先駆性があったように思います。
 歴史の上でもうひとつ重要なのは、国鉄解体期の人材活用センター。労組法違反でもあるのですが、ここでは組織的なハラスメントが行われました。この経験で、企業というものは労働者へのハラスメントが許されるものだ、そういう確信を経営者たちの残したように思われます。もっともこれは後にすべて労働委員会で国鉄当局が敗訴になったのですね。にもかかわらず徹底した差別といじめがすでに行われていて、それだけのことはあった。法律というものが労働者の職場生活にとってもつ影響力の間接性みたいなものがうかがわれます。ハラスメントの常態化はまた、2000年代のはじめのリストラによる退職勧奨のときにあらわになりました。企業に「不要な」労働者を仕事を与えないまま隔離部屋に閉じ込め、自然に辞めていくのを待つ、退職勧奨の個人面接とともに実施されたそんなリストラの仕方。そのもとで、強制解雇をしなくても自然に「必要」退職人数は満たされたのです。

 パワハラと過労自殺の具体像 現時点に話を戻し、もう少し議論を進めます。パワハラの形態は多様ではあれ、もっとも中心的な行為は、みずからもノルマを背負っている上司の過度のノルマ督励にほかなりません。その背景には企業の採算単位の分割という要因もあります。これはわりあい大切な論点ですが、企業が赤字・黒字を計算する単位を企業全体ではなく、下位の部局・部門へもってゆく。するとそれぞれの部局の管理者はそこでの採算性を責任としてきびしく問われますから、そこでは何としても部下を精鋭に育てて頑張らさなければならない。当該の課、係から一兵たりとも弱卒の部下を出したくないのです。私のゼミの卒業生なんかでもだいたい80年代の末ごろから「上司が怖い」と話すようになりました。当時の青年にとっては人生で初めて抗えない「怖い大人」に出逢うことになったのですね。
 上司のきびしいノルマ督励はハラスメントになる惰力をはらんでいます。はじめは指導です。それが指導⇒叱正⇒罵倒⇒人格誹謗⇒排除というふうに展開してゆくのです。それぞれの境界は実に曖昧で、どこまでが正当で、どこからが不当かなんてわかりはしないというところがあります。例えばはじめは、「あんたはもっとやれるはず」「がんばればもっと成果が上がるよ。このままじゃ残念じゃないか」といった励ますような指導なのですが、そのうちに「なにをやっているんだ、そんなことでいいのか」といった叱正になり、やがて「今までなにかちゃんとやったことあるのか言ってみろ」「お前、バカか」「親の顔が見たいよ」「お前なんかどこに行ってもダメだ、ウチにいられることを幸せだと思え」・・・などの罵倒や人格誹謗に発展する。そしてついには「やめさせる」フルセットのハラスメントが行使されるわけです。<指導-叱正―罵倒―人格誹謗―排除>は明瞭な区分なくつながっています。
 いじめの実例は本当にたくさんあげたいのですが、ここではひとつだけ、あまりにも忘れられないのでお話したいと思いますのは、過労自殺には至らなかったとはいえ、朝日新聞の2013年の10月4日に掲載されたある事務機器販売会社のサラリーマンの受難(資料省略)です。電話で事務機器を売る仕事なんですが、営業マンひとりについて毎月4台~10台の販売ノルマがあり、ノルマをこなさなければ人として扱ってもらえないという雰囲気です。上司は「お前何をボヤボヤしてるんや、そんなことで売れると思ってんのか」と怒鳴り、「立ってやれ」と椅子を蹴っ飛ばし、電話機とセールススタッフの手をテープで縛り付けて一日中電話を掛けさせる。それでも成果が思わしくなければ、「お前、裸になって踊れ」と。事実は小説より奇なりという感じですが、オフィスの事務机の上で全裸で踊らせのです。極端な事例とは言えましょうが、朝日新聞の記事のとおりです。しかしこの人はうちのめされもう自暴自棄の気持で、「殴られるよりは裸で踊るほうがまだまし」と、ニヤニヤ笑いながら(?)踊るという。殴られるよりは裸で踊るほうがいい! そのことも一種の人格崩壊といっていいでしょう。現代の日本ではこんなパワハラさえあります。
 そうでなくてもしんどい過重労働にこういうパワハラが重なるとき、若者がどれほどダメージを受けるかはいうまでもありません。心身の極端な疲弊はもちろんです。他の例では、よくあることですが、上司が怒鳴りはじめたら3~4時間にもなり、深夜の11時になってもまだ説教している。上司もよくやるねとも思いますが、こうした残酷さのもうひとつの側面は、「お前がダメなのは」「自己責任」と思わされるされることです。お前が悪い、能力ゼロ、お前の親が悪い・・・そうたたき込まれますから。やがて受難者は、すべての自尊感情というものを、自分を肯定する感情というものをつぶされてしまう。明らかに人権抑圧的な不当な仕打ちに抗う気持ちそのものを失ってしまう。今野晴樹いうところの「民法的殺人」です。その必然の結果が「心の危機」にほかなりません。鬱病など「心の危機」を経て、良くて退職、悪くて過労自殺なのです。過重ノルマ+パワハラの最終段階では、若者たちは、自分でも「強制か自発か」ということの区別がつかないまま、憑かれたように上司に従い、その限界の彼方に自殺してしまう。そんな若者が続発しているということは、いささかも誇張ではありません。続発する過労自殺のひとつひとつを物語ることはできないけれども、資料4で最近のいくつかの事例を略記しております。(資料4の続きはこちら)

資料4


資料4の2

 ここには若者でない人、それにNHKのように過労自殺でない場合も少し含まれますが、総じて20代、30代の若者の過労自殺の事例です。それぞれの背景に、私が以上にのべたことが深く関わっていると考えてください。東和フードサービス、日東フルライン、中部電力、ステーキのくいしんぼ、岐阜市の十六銀行、ゼリア新薬工業、それからNHK、システム開発会社オービーシステム、さらには電通。高橋まつりさんの自死ですね。また新潟市民病院のお医者さん、関西電力、三菱電機、そして新国立競技場建設工事受注共同企業体の現場監督。これらの事例では、計算されるとだいたい残業150時間とか250時間とかの長時間労働を求められる過重労働があるのと同時に、たいていは叱正、罵倒、人格誹謗・・・のパワハラが関係しているのです。また、しばしば事例に共通していることは、入社直後、または非正規雇用から正規雇用への転換まもないという場合が多いということ。非正規労働者が正規従業員に転換できると、非正規であることの生活の不安定がわかっているだけに、正規労働になった限りはなんでもやらないといけないという気持ちに追い込まれるようすが透視できます。
 さらにもうひとつ付けくわえると、皆さんもご存じでしょう。今、20代と30代前半の若者について、最大の死因は自殺です。20代の若者で死ぬ人の半分以上は自殺なのです。かつて私はアメリカの平均寿命が短い原因は自殺と犯罪だと聞いて驚いたことがありますが、それは決して遠い国のことではなかったのです。悪性腫瘍、すなわち癌が自殺を凌駕するのは30代の後半になってからなのです。ちなみに自殺の原因では病気、家族関係などが上位に立ちますが、それらもしばしば「勤務問題」の結果であることが推測されます。
 
 これ以上、若い世代を死なせるな! 若者がこんなに過労自殺するのはあまりにも悲惨なこと、黙過できません。それでも、過労自殺になりかねない職場のいじめについて、周辺の同僚たちは総じて傍観しているといわれます。そのことを思うにつけ、私は若者たちにこんなメッセージを送りたくなります。
ハラスメントとか過労自殺とかに遭遇すれば、対策論としてすぐにコンサルタント活動強化とかコミュニケーション開発とかが叫ばれます。私はそういう対策の重要性を否定するものではありませんけれど、もう少し思想的な次元に降りてものを考えたいと思います。「思想的な次元」とまでいえるかどうか自信ありませんが、私が長年、感じてきましたのはこういうことです。
 教室のいじめの場合でもそうなんですが、なかまの受難に寄り添う人権感覚というものを、学校でも職場でも育てたい。その人権感覚の原点は多数者のつくる「空気」というものに対する抵抗感、少なくともそれに対する疑問です。多数者の「空気」を読んで、いつも大勢になびく人はふつう人権の価値や、それが抑圧される苦しみを理解できません。いじめられていないからです。しかし、だれがいじめられるかの「選択」は、実際には教室でも職場でもほとんど偶然的であって、「明日は我が身」かもしれないのに、今はそうでない場合には安心してしまい、ひたすらKYとみなされまいと沈黙と傍観に終始してしまうのです。 職場の場合、理不尽なハラスメントの対象者は、なんらかの事情で従業員として精鋭たり得ない人、不健康で「鈍くさ」かったり、性格上「うっとうしい」く社交性がないとか、そういう人が多いことはおそらく事実でしょう。しかし「そういう人」はある程度(ある程度というところが大切なのですが)、人権が無視されても仕方がないとする鈍感さこそが一番の問題です。日本では今、その鈍感さが「常識」になっていると痛感いたします。あえて言えば、それはファシズムの土壌なのです。日本の職場はいま、そういう「鈍感な常識」の界隈、多数者が自分の自由は侵されていないとして「空気」になびいている小社会になっているのではないかと心配です。いじめられている彼/彼女の問題は私自身の問題、そう把握できる感性をどうしても取り戻したいものです。
 ところで昨日の新聞に政府でもハラスメントを非合法化する検討を始めたと書いてありました。労働界も法制化すべきだといっています。法制化はいいけれど、私はもっと労働組合ががんばれと私は言いたいですね。その記事でおもしろかったのは、経団連の代表の女性が、「指導とハラスメントの区別はつけにくいからこの法制化には慎重であるべきだ」といっていることです。それこそ私が言いたいこと。実際のところそうですよ。くりかえしますが、企業社会の現状では、指導、叱正、罵倒、人格誹謗の間は流動的です。境界を越える惰力を防ぐのは、上に述べたような人権の思想を擁した職場の同僚であり、新しい労働組合の営みなのです。現在の多数派従業員の「空気」を問わぬままの、ハラスメントを解決する社内機関の役割は限られているように思われます。

Ⅳ 状況の改善のためになにができるか

 働きすぎ、過労死・過労自殺、ハラスメントの頻発する状況の改善のためになにができるでしょうか。 重層的な要因をみすえた多方面からの営みが大切であることはいうまでもありません。やはり、まずは長時間労働のまともな法的規制が不可欠です。残業の罰則つき法的限度を設定する。働き方改革の年720時間、ときに月100時間未満なんかはとてもその名に値しません。裁量労働制の拡大や残業ゼロの「高プロ」の導入など、年104日の休日保障(これは1年の土日の日数と同じです)があっても絶対にNOです。大切なのはインターバル規制でしょう。日本の労使関係では、かならず労働時間を減らせば今の仕事量をどうするかという議論になり、組合はこの議論に巻き込まれます。そんなことは知ったことではない、ワーク・ライフ・バランス! 人間の健康な生活には、退勤から次の出勤まで少なくとも11時間が必要だ、でなければ睡眠時間が不十分になる、そう主張する市民運動を組織し、企業の外から押しつけるのです。時短には案外、この企業社会の論理を飛び超えた施策が現実的な方法ではないかと思うのです。
 職場ではノルマや残業や休暇について、ワーク・アンド・ライフバランスを重視するノンエリート労働者が発言権を高める労使関係の構築が課題です。くわしくは、著書『労働組合運動とはなにか』などを読んでいただければ幸いです。
 最後に、パワハラに対する基本的な対策については、もういちど資料3をみてください。Y軸を左に、X軸を下に! つまり進んでいる「傾向」に逆転をかけることです。内容的には、ひとつには労働者の雇い方、働かせ方、支払い方について公的な規制を強めること、つまり非合法領域を拡大すること、いまひとつには、労働条件決定の個人処遇に連帯的な規制を対置して、組合が個人の受難にどこまでも寄り添うことにほかなりません。過労死防止法案には賛成するけれども、自分の会社の過労死については知らないというような労働組合では困りますね。しかし残念ながらそういう組合が多いわけです。そして組合活動を革新するためには、働きすぎや長時間労働の受容(自発であれ強制であれ!)を払拭する新しい労働者の思想性を、40年の過労死・過労自殺の痛恨の歴史からわがものとしてほしいものです。

注:エッセイ欄への発表になっていますが、これは研究会「職場の人権」2017年12月2日例会で報告され、会誌『職場の人権』102号(2018年4月刊)に収録されたものの再録です

その13官民ファンド「クールジャパン機構」への女性派遣労働者の提訴
―セクハラ、組合つぶし、非正規契約カットをめぐって

 マスメディアの紙面や映像がオリンピックでの日本選手のメダル獲得に埋めつくされて詳細な報道に恵まれていないけれど、2月なかば、東京地裁にひとつの意義深い損害賠償提訴がなされた。被告は、アニメやファッション、日本食などの日本文化を海外に売り込む官民ファンド「クールジャパン機構」と、機構の専務および当時そこへ出向していた復興庁のキャリア官僚。原告は派遣契約を切られた20代の女性派遣社員(仮称Aさん、以下敬称略)である。
 Aは15年1月以来、これまで20回近くも派遣契約を更新されて、文書作成や出張手配の業務に携わってきた。だが、16年7月、Aは3人の同僚とともに、カラオケ店での懇親会によばれてある籤を引かされる。その籤はなんと、中央官庁からの出向者をふくむ機構幹部とのワインディナーや映画観賞などのデート、また「手作りのプレゼント」を女性派遣社員たちに割り当てるものだった。後日、専務から誰がどの籤を引いたかの確認と日程調整の問い合わせがあったという。密室での集いに違和感を覚えたとはいえ上司の誘いは拒めなかった彼女らも、この紛れもない供応への狩り出しは、派遣社員などどうにでもなると想定した機構によるセクハラにほかならないと鋭く反発し、社内のセクハラ相談窓口に訴える。その結果、デートなどの実行は控えられたが、「窓口」も専務もこんなのセクハラじゃないという対応であった。出向のキャリア官僚はほどなく官庁に戻る。ちなみに彼は2015年から、女性社員の身体にさわるセクハラの常習を指摘されていた。
 この事件は、予想される女性たちの泣き寝入りではない、異例の展開となる。Aらは、セクハラの再発防止や派遣社員の差別克服のために労働組合を結成したのだ。機構はそれに対し、10月下旬、人材派遣会社を通じて、Aに11月1日以降の出勤停止を伝え、11月末の派遣契約の更新を拒否する。その事由は、機構がもつ個人情報をAが委員長の労働組合が業務外で広報に利用したというものであったけれど、私見ではそれが誰にも適用されるどのような社内規定違反にもとづくのかは疑わしい。それはまぎれもなくセクハラ隠しの不当労働行為であった。興味深いことに、派遣会社ははじめは、一方的な契約更新拒否であるとして、かわりに人材を派遣せよという機構の求めを拒んでいたという。しかしほどなく、派遣会社は機構側の擁護に転じている。
 一方、機構は法廷への提訴に傾くAに対して、提訴をやめることを条件にさまざまの「和解」を画策している。推測すれば、和解提案のなかには金銭解決や労組承認や再契約の申し出が含まれていたかもしれない。機構側にしてみれば、提訴されることはたまらなくいやなことだっただろう。だが、結局、Aは派遣社員の人格を踏みにじる機構の体質を社会的に明らかにする途に踏み出したのだ。こうしてAは2018年2月13日、セクハラ、不当労働行為、一方的契約破棄などに対する計2000万円の賠償請求を求めたのである。

 この文章は、早くから本件に深い関心を寄せてきた共同通信社の配信による、Aの提訴に到る経過をもっともくわしく伝える『静岡新聞』と『愛媛新聞』(2月16日付)にもとづく。事実そのものはこの記事の限りで書いている。だが、「私見」や「推測」とした部分もほぼ間違いはあるまい。私はAを個人的には知らず、訴状もまだ読んでいない。しかしふりかえれば、財界人やキャリア官僚のつくるクールジャパン機構VSひとりの女性派遣労働者というのは、圧倒的に非対称的な関係であろう。そのなかで、女性派遣労働者などどうにでもなるとみなす機構の傲慢な通念が、セクハラやその告発を隠すための組合つぶしの不要労働行為、ひいては個々の派遣切りを、よくあること、どうせたいしたことにはならないと感じさせ、ついにAの提訴を招いたのだ。もちろん派遣労働者には「たいしたことではない」ことは断じてない。思い通りにならずここまで辿ってきた、Aのおそらくは重い心労に屈しない勇気が心をうつ。裁判の過程は機構の諸々の偏った思い込みや、派遣労働者の人格蹂躙や、キャリア官僚をふくむ機構幹部の狡猾--若い女性とデートがしたければ、断られる恥ずかしさも覚悟して、個人として誘えばいいのだ!--を明らかにするだろう。女性派遣労働者に対する政財界の差別的な処遇を白日の下にさらす、それはまことに意義深い営みということができよう。巨象に対する蟻の抗いにも似たこの裁判闘争を見守り、Aを孤立させないための、できる限り広範な支援を呼びかけたいと思う。

その12 関西電力課長の過労自殺をめぐって

 2016年4月20日、関西電力の技術畑の課長、40代のAさんが出張先の東京のホテルで自殺を遂げた。どの方面からの申請だったのかわからないが、この事件について敦賀労働基準監督署はおよそ半年後、これを過労自殺と労災認定している。Aさんの死がマスメディアに報道されるのは、この労災認定後のことである。

 Aさんは関電高浜原発1,2号機の再稼働に関する原子力規制委員会の審査対応の業務に携わっていた。この審査は3項の流れからなる。
a、2015年3月17日申請の「新規制基準にかかる審査」⇒16年4月20日に「合格」
b、15年7月3日申請の「工事計画の審査」⇒16年6月10日に「認可」
c、15年4月30日申請の「老朽原発に特化した審査」⇒16年6月20日に「認可」
 すべての審査期限は16年7月7日である。この期限までに合格・認可が果たされなければ、とくに審査のきびしい40年以上の老朽原発1,2号機は、廃炉の可能性がきわめて高かった。
 1,2号機の再稼働は関電の「社運に関わる」悲願であった。それゆえ規制委員会との折衝にあたる担当者には、なんとしても期限までに認可をとれという、本店・事業本部からのきわめてつよいプレッシャーがかかっていたことは想像に難くない。Aさんの仕事の細部については総じて具体的な情報が伏せられていて、なおわからないことも多いけれど、工事関係の課長であるAさんは、主として上のb、設備の詳細設計をまとめる工事計画認可申請を担当していた。規制委員会に提出した資料はあわせて数万ページ(読売新聞2016.10.21によれば8万7000ページともいう)におよび、しかも提出するたびに規制委から膨大な質問や手直しの要請が出される。コピーなどの補助作業には事務担当者が配置されているとはいえ、技術に関わる処理は結局、専門知識のあるAさんに集中していた。社内の調整の会議も数多く、Aさん一人のことではないにせよ、15年3月の安全審査申請から16年6月の認可まで事務レベルの会合は233回に及んだという。16年1月から4月まででも100回を超えた。Aさんは3月から東京に出張して資料作成や規制委員会との折衝に携わったが、むろん東京と大阪、福井との行き来も頻繁であった。
 過酷な業務である。労働時間はとくに16年1月から急増した。推定するところ2月の残業は約200時間、3月~4月の残業は約100時間前後になる。当然「もちかえり残業」も普通であった。ここにさらに2つの事情が重なる。課長のAさんは管理職とみなされ、三六協定は適用されない。そのうえ、厚労省労働基準局長は2013年、原発再稼働に向けた審査対応業務にかぎっては労基法上の残業時間制限の適用を外すという通達を発していた。これは2013年時点の九州電力の求めに応じ九電の原発再稼働審査対応に適用されるものだったが、いつしか「ほかにもあてはまる」として他社をふくむ14基についてもOKとされていたのである。
 Aさんが自死したのは、「新規制基準にかかる審査」に「合格」したその日、16年4月20日である。労災と認定されたのはあまりにも当然であろう。 そして彼の死後1ヶ月の5月末、関電は工事計画の補正書類を規制委に提出し、6月20日、再稼働・老朽原発の運転延長の認可を受けている。1号機は34年11月まで、2号機は35年11月までの稼働認可であった。

 この過労自殺について注目すべきことは、関西電力という企業が徹底して具体的な説明を拒んできたことであろう。労災認定以前からこの事件に関心を寄せてきた福井新聞の最初のまとまった記事(2016.10.20)などによれば、関電はAさんの自殺について「ご遺族やご家族への影響などを考慮し、回答を差し控え」た。また岩根茂樹社長は、10月28日の決算会見で、この件については(Aさんの業務に)忙しいという状況があったのは事実だが、「遺族に配慮し、(労災の被害者が)当社社員であるかどうかもふくめて(以前から)回答を控えている」と「説明」した。そして、当時の職場環境に関しては、他部署からの応援や産業医による指導など「状況に応じて適宜適切な対策を踏まえ、持続可能な環境をつくってきたつもりだ・・・」と無意味な弁解をつけくわえる。Aさんの忙しさはわかっていながら「遺族に配慮し」「社員であるかどうかもふくめて回答を控えている」だって? それはほとんど了解を超える、滑稽で混乱した「説明」である。
 審査の過密スケジュールに一半の責任ある原子力規制委員会はといえば、この件について「詳細な事実関係を把握していない」。規制委員会の問い合わせに関電が「社内のことなので何も答えない」と開き直ったからだ。その後も、関電広報室は朝日新聞の記者の質問に答えて、(Aさんの自殺については)「プライヴァシーの問題もあるので回答を控えている」という。Aさん個人の労働体験、遺族の方々のありようなど、この事件では周辺の事情はいっさい明らかにならないけれど、遺族は、労災補償があれば、Aさんが関電社員だったことも、過重労働の果ての死だったこともすべて忘れ去られることを本当に望んでいるのだろうか? 「プライヴァシーを尊重」して、というのはときに、重い責任を逃れ、社会化すべき問題を隠蔽しようとする者の言いぐさにほかならない。
 関電は地域社会でも、少なくとも暗黙の箝口令を敷いているかにみえる。『しんぶん赤旗』の記者が、関電の従業員約500人が自宅や社宅を構えて住むという福井県最西端の高浜町を尋ね、インタビューを試みている。たとえ『しんぶん赤旗』でなくても同じであろう--平均的な反応は、Aさんの過労自殺について、「この件は話せない」であった。しかし人によっては「みんなはよから(4月20日の死の頃から)知っている。黙っているのは関電の夫や子の昇進に影響するから、誰が話をしていたかは会社に伝わる・・・」と語気を荒げたりもする。また、関電は、これまでは全社員が社内ウェブサイトで在職死亡を閲覧できたけれど、いまは役職者や一部管理職のサイトでしかこれを見られないという。「これまでは葬儀も一緒で職場の大勢で手伝いました。それがいま、自殺した人は社員であるかも明らかにしなくなった」とつぶやく労働者もいた。
 従業員はもとより、原発再稼働に生活を託す住民も数多いであろうこの町の、これが自然な空気であろう。Aさんの死はこうして、やがて語られることもなく埋もれてゆくのだろうか。
 関電の若狭地域の原発に関しては、福井地裁(樋口英明裁判長)が、大飯原発3,4号機について1014年5月に、さらに高浜3,4号機について2015年4月に、いずれも再稼働差し止め禁止の判決を下している。これらの画期的な司法判断は、一部「識者」の批判はまぬかれなかったとはいえ、福島の事故に衝撃を受けた広範な人びとから熱い支持が寄せられた。いずれにせよ原発再稼働は、意見の対立を避けられない深刻な問題である。そんななか「社運をかけて」再稼働に突き進む関電は、原子力規制委員会の審査対応の激務に斃れた社員の過労自殺が、この経営選択にとってわずかでもマイナスになりかねないと案じ、事件の隠蔽をはかったということができる。

 Aさんの過労自殺が労災認定された同じ2016年10月、電通の女性社員、24歳の高橋まつりさんの、前年12月クリスマスの日の自死が労災認定されている。この過労自殺には遺族の母と弁護士がはじめから主体的に関わっており、労災認定も記者会見で明らかにされたものであった。その告発の主体性、91年に続いてまた過労自殺を出した電通の過酷な働かせかたへの社会的批判、それにおそらくは安倍政権が「働き方改革」の真摯さの証拠を示そうとするポーズが相まって、その後の政府の対応は電通にきびしく、またスピーディであった。電通は労働局の立ち入り調査、責任者の刑事告発、社長の引責辞任に追い込まれた。さらに電通は17年1月には、遺族への謝罪と慰謝料などの支払いのほか「再発防止措置」をふくむ合意書を、遺族・弁護士側と交わすことを余儀なくされている。その「措置」には、きわめて具体的な「長時間労働・深夜労働の改革」、「健康管理体制の強化」、「社員教育・啓発」が盛りこまれた。再発防止措置の実施状況について会社は毎年12月に遺族側に報告しなければならない。労働時間などに関する労務管理に遺族側が関与する、それは異例の画期的な対策であった。
 このような政治と社会の動向は、隠蔽体質の関電にもさすがにある影響を及ぼしたかにみえる。2017年1月15日、福井労働局敦賀労働基準監督署は、関電の岩根社長を出頭させ、すべての管理職の労働時間を適切に把握するよう求める指導票を交付した。これも異例のこととされる。関電は今や過去2年間の全管理者の残業時間や持ち帰り残業時間を調べ、労基署に報告しなければならない。労基署にはAさんについて持ち帰り残業の時間は把握できなかったことへの反省があったものと推測される。
 これを受けて関電は1月17日、「働き方改革・健康経営委員会」なるものを立ち上げる。「適正な労働時間の管理に努め、会社と従業員のさらなる成長につなげる取り組み」をするという。関電は、16年12月20日に天満労基署から本店の従業員6人への残業割増賃金未払いの是正勧告を受けていたことも明らかにした。17年1月20日には、上の委員会の初会合が開かれた。委員長は岩根社長である。労働時間の適正な把握と長時間労働の削減を幹部に指示した。1月中に再発防止策をつくり、労基署に報告するという。
 電通と違ってこの委員会は非公開であった。会社の内外で社員の過労自殺を社会問題化しないという関電の隠蔽体質はそのままである。情報は乏しく、Aさんの過労自殺を語るこの文章の内容も報道のかぎりを超えていない。だが、過労死防止にとって大きな成果を残した高橋まつりさんの受難にくらべて、原発再稼働への審査対応という社会的な意味をもつ仕事に斃れた中年男性Aさんの自死はあまりにひっそりとしすぎている。もっと多くを知りたいという思いに駆られる--たとえば、Aさんはどのような経歴と人柄だったのか? Aさんの自死は「工事計画」の「認可」以前のことであるが、彼が主に担当していたという規制委への対応業務はどの程度終わっていたのか? これからが本番だったのか? その仕事での最大の心労はなんだったのか? 沈黙する遺族たちは本当のところAさんの死を、そして関電の対応をどのように受け止めているのか? そして技術者としてのAさんが、そもそも高浜原発1,2号機の再稼働という経営政策にある疑問をもつことはなかったのだろうか?
 過剰な推測は避けたいけれども、Aさんはおそらく、原発再稼働の社会的な当否を問うゆとりもなく、多分エリート技術者の矜持をもって、会社と社員の期待を背負う困難な激務と格闘し、その途上、あまりの心身の疲弊に斃れたのだ。哀悼の思いを表したい。 (2017年2月16日)

【資料とした報道一覧】
・福井新聞2016.10.20/10.21/10.29/11.3/2017.1.16/1.18/1.21 
・朝日新聞2016.10.8/10.14/10.15/10.19/10.20/10.26/10.27-28/11.7/11.8/
     12.25/12.28 /2017.1.16/1.30 
・読売新聞2016.10.21
・しんぶん赤旗2016.10.22/11.20
*関電関係は福井新聞、電通関係は朝日新聞を主資料としている。

 

その11 賀状の心象風景

 老化現象のひとつだろうか、この頃なにかにつけて、これまでの軌跡をふりかえるようになった。まず思い立ったのは、1987年以来の慣行としてきた賀状に引用する俳句の再現である。多くの友人たちにとってとくに関心を引くことではあるまいが、それらは私なりの心象風景はよく表す。80年代半ば以降の日本社会の情況を総じて「寒い」、北風が吹く・・・などと感じながら、そのなかでなお、自分はどのようにありたいか、なにを願うかを問う、そんな心象が仮託されている。加藤楸邨、中村草田男、西東三鬼、富安風生、橋本多佳子、細見綾子などの句が多い。俳句という日本文化の可能性に目を拓かれる、いずれも味読に値する作品だと思う。

賀状に引用した俳句

1987 きびきびと万物寒に入りにけり    富安風生
1988 凍土行く生きものの耳我も立て   むらこしかせき
1989 くれないの色をみている寒さかな   細見綾子
1990 冬霧ゆく船笛やわが在るところ   橋本多佳子
1991 (年賀欠礼)
1992 四囲の音聴きすますとき冬深く   加藤楸邨
1993 北風に牛角を低くして進む       西東三鬼
1994 枯野行き橋渡りまた枯野行く      富安風生
1995 明日ありやあり外套のボロちぎる  秋元不死男
1996 焚火かなし消えんとすれば育てられ   高浜虚子
1997 北風に言葉うばはれ麦踏めり     加藤楸邨
1998 道の上冬の日向へ出るところ     中村草田男
1999 雪の下短かき歌をくり返す       細見綾子
2000 赤きもの甘きもの恋ひ枯野行く   中村草田男
2001 チンドン屋枯野といへど足をどる   加藤楸邨
2002 いまありし日を風花の中に探す     橋本多佳子
2003 冬草のむらさき極む耐ゆるさま   前田青邨
2004 大艦をうつかもめあり冬の海    飯田蛇忽
2005 世のさむさいひ昂りつ言吃る    加藤楸邨
2006 吹雪すら木の沈黙をうばふなし   加藤楸邨
2007 孤児の独楽立つ大寒の硬き地に   西東三鬼
2008 息白く妻が問うよく寐ねしやと     日野草城
2009 元日やゆくへもしらぬ風の音    渡邉水巴
2010 枯蔓に引かれじとする力かな      富安風生
2011 わが歩む落葉の音のあるばかり    杉田久女
2012 寒波急日本は細くなりしまま     阿波野青畝
2013 しんしんと寒さが楽し歩みゆく      星野立子
2014 大寒の街に無数の拳ゆく       西東三鬼
2015 いくさよあるな麦生に銀貨天降るとも  中村草田男
2016 人が焚く火の色や野の隅々に     西東三鬼

 90年の多佳子、96年の虚子、99年の綾子、07年の三鬼--これは退職後、友人の多い関西を離れ、故郷の三重県に移った翌年のものだ--など、とくに好きな俳句だが、あえて一つを選ぶなら、2001年の楸邨作が秀逸である。
  チンドン屋枯れ野といへど足をどる
 寄りつく人が少なくても職人として懸命に働く、その孤独と矜持が痛いほど伝わってくる。では、2017年には、なにを選ぶべきか。仮決定しているのは、能楽師の家に生まれた病弱の俳人、松本たかしの
  夢に舞う能美しや冬籠
である。 多分、来年からは私も冬籠りみたいなものという思いから傾いた選択ながら、研究生活終期の私には少しオーバーな感じのうえ、美しすぎていくらか気恥ずかしくためらいもする。ちなみにここ2年ほど選ぼうかと迷っているのは、中村草田男1938年のすさまじい作品
  軍国の冬狂院は唱に満つ
であるけれど、現時点ではまだ早すぎるかなぁとも思う。しかしそう言えるだろうか。この句がぴったりとくるような時代、ふたたびなからんことを!

その10 2016年秋の憂鬱

 今月21日、私は78歳の誕生日を迎える。このところのメランコリーな気分もひとしおである。
 今年になってからとくに、体力や気力や記憶力の衰えを痛感している。幸せにもどこといって内臓や足腰の不具合があるわけではないけれど、例えば長時間、睡眠や勉強や歩行を続けることができなくなった。同年齢の、なんであれ行動をともにしてきた妻もまた、物忘れが多い、速く歩けないなど、衰えを訴える。これまでのような「行動する老カップル」のありようをいつまで続けられることだろう。恥ずかしながらこのごろは駅の階段など手を携えて降りる。どちらかが転んでどこかを痛めて寝込んだりすれば、と心配だからである。
 恒常的な憂鬱の原因は体力の衰えばかりではない。もっと根本的な要因は、大学退職後も10年ほど研究や分析や著作の執筆などを日常の営みとしてきた私に、社会的な発信を試みることはもうあきらめ、余暇が中心・「毎日が日曜日」の生活に徹する覚悟がまだできていないことかもしれない。
 今でも月に一度ほどは講演やシンポジウムの機会に恵まれ、労働組合運動、若者労働、パワーハラスメント、教師の労働状況、過労死・過労自殺の根因などについて語る。少しもお変わりなくお元気とは言われる。読書意欲はまだ旺盛である。しかし今ではテーマもさほど系統立っていないし、総じてアウトプットを予定しないインプットの勉強である。研究者としての私に社会的な発信の機会はもうあまりない。要するに社会から課せられる仕事が少ない。それだけに小説や映画を楽しみ、海外旅行に出かけ、反戦・憲法擁護・反原発の市民運動に参加する時間のゆとりは享受できる。けれども、仕事の充実もあって余暇も楽しいという、かつては生活全体をカバーしていた漲りは望めないのである。
 もちろん、世間の人びとには、私に依頼される仕事が少なくなったことなどどうでもいいことだろう。私の労働に関する発言のいわば「賞味期限切れ」にはしかるべき理由がある。そのことを嘆くのはある意味では傲慢かもしれない。おとなしく引退すればいいのだ。だが、私的なホームページではあっても、ここであえて憂鬱な気分を綴りたくなるのはほかでもない、上の「しかるべき理由」のうちには、おそらくおよそ60~70年代になにかを感じて思想を形成し、いま高齢化を迎えた多くの左派インテリゲンチャ(しばしば「オールズ」ともよばれる)が共有する、現代日本の趨勢についての暗い認識があるからである。それは安倍政治の下における、もともと日本の庶民の歴史意識の「古層」ともいうべき「つぎつぎに(おのづから)なりゆくいきほひ」(丸山真男『忠誠と反逆』所収論文)の顕在化だ。私個人の嘆きはどうあれ、そこから生まれる社会のなしくずしの右傾化だけは、批判的に検討され、対抗の契機が探られなければならない。

 一挙に卑近なレベルに降りて、ここで対抗の契機に関わる論点をひとつだけ述べよう。
 民進党の代表選挙を前にして3人の候補者は、ニュアンスの違いはあれ、競い合うかのように共産党との間に距離を保ち、参院選での「野党共闘」をこれからは見直すべきだと語っている。かねてから民進党の有力者のなかには、共産党のもつ政治行動における「足腰」、政財界に手痛い情報秘匿の暴露、党内一致の徹底性--それらの強さに対する密かな怖れがあって、例えば、共産党と協力すれば民進党は「シロアリに食われる」「軒を貸して母屋を取られる」・・・といった怯懦な発言がみられた。そして参院選挙後は早くも、一人区での野党共闘に一定の成果があったにもかかわらず、上のような危惧がこの党ほんらいの反共主義(反共産党主義)を再び目覚めさせているようである。「共産党とはもともと国家像が違う」、「協力すれば民進党の支持層が逃げる」・・・といった声もきかれる。 そうした、自信のない民進党を制度的に支えるのはほかならぬ労働組合の公認団体「連合」であろう。組合内部では反主流の組合活動家の言論をファッショ的に抑圧し、民進党の選挙演説会には動員手当つきで組合員を派遣する連合系組合は、民進党右派と同様に、共産党とは国家観が違うなどと口走る。嗤うべきだ。現在の連合、そして民進党右派のどこに、大企業と日本経済の成長、そのトリクルダウンとしての福祉の改善という路線をいくらかでも超える体制論・国家像があるだろうか? ちなみに 少なくとも発足時の連合の政治路線は、「ヨーロッパ型の社民勢力の結集」であった。
 憲法擁護・反戦平和の課題はしばらくおいて、青臭い政治談義を試みるなら、経済大国日本での現時点での基本的対立軸は、経済政策と職場の労使関係を縦貫して、新自由主義(競争によるやみくもの経済成長・アベノミクス)VS.社会民主主義(働きすぎと貧困に本格的に挑戦する格差是正の構造改革)にほかならない。そして認識すべきことに、現在の共産党は、「プロレタリア独裁」を放棄して議会主義・立憲主義と複数政党制を方針としているゆえ、基本的には、かつて共産党が敵視していた社会民主主義の党なのである。
 私は共産党に対しては、どのレベルの党人も政策表明や運動の総括の場合まったく同じ主張を表明する、つまり過度の統一性が見られる、という点が不満だ。学術と文化の受容についてもまじめすぎて、ユニークで異端的な表現者の登用がほとんどなく多様性を欠く。しかしながら、貧困や格差や職場に頻発する人権権抑圧などの摘発、市民運動や街頭キャンペインへの献身などをみれば、この党の具体的な主張のまっとうさと行動の真摯さは疑いを容れない。自民党政権が最大の敵を共産党とみなすのは当然であろう。そして民進党は、共産党との距離を言い立て、野党共闘を放棄することによって、すなわち社会民主主義から離れることによって、その程度に応じて自民党の協力者に堕するだろう。端的に言えば、ようやく芽生えた野党共闘を忌避することで、民進党は自民党との争点を喪い、国民はこの党を独自に支持しなければならない理由を見失う。
 もっと多方面からの考察、例えば「暮らしのなかの憲法の実在と不在」といった領域の凝視も不可欠であろう。けれども、以上の文脈に即して、とりあえず野党の喫緊の課題を語るとすれば、ひたすらのエコノミックアニマル志向をベースにして多くの国民が安倍政治の先導する「つぎつぎになりゆくいきほい」に巻き込まれつつあること、そのことへの警戒とチェックにほかならない。民進党による「反共主義」の克服はその第一歩である。すでに学校やマスコミや自治体では、体制批判の表現の禁止または自粛が進んでいる。杞憂だろうか、この先にさまざまの公共空間からの共産党の実質的な排除が来ないとはいえない。これは「いつか来た道」であるが、戦前、戦中とは異なり、その形態は、40年代~50年代、「赤狩り」のアメリカのようになるだろう。
 では、この「つぎつぎになりゆくいきほい」は、いつの頃から再び(60年代~70年代とは違って)現時点の日本に顕在化してきたのだろうか。私は日本の現代史における精神史、大衆意識の軌跡を探る勉強を、あてどないとはいえ、細々とはじめたいと思っている。
 (2016年9月15日)

その9  「同一労働同一賃金」
―その日本的なハードルを超えて

 安倍内閣はこのほど「一億総活躍社会」への政策の一環として、「わが国の雇用慣行には十分に留意しつつ」「同一労働同一賃金」の実現に踏み込むと表明した。日本で際立つ正社員と非正規労働者の巨大な賃金格差を国際相場の2割ほどまでに是正するため、労働契約法、パート労働法、労働者派遣法の改正にも「ちゅうちょなく」着手するという。
 この政策表明は、安倍晋三にしては上出来ながら、どこまで有効で、どこまでほんものだろうか?
 たとえばファミレスでは、ふつうA正社員の男性店長とB女性のパートやアルバイトが、普段の時間内ではフロアスタッフとして同じ接客業務に携わっている。しかしそのケースでも、企業側はおそらく次のように言い立てて、AとBの時給の均等化せよという要求を断固としてはねつけるだろう。
 理由1:両者の職務範囲は違う。Aの仕事には、接客のほか顧客の苦情処理、財務や在庫の管理、パート要員の変動調整などの人事管理・・・がある。多くは時間外の作業だ。
 理由2:だから普段の作業を遂行する「負荷(しんどさ)」はともかくとしても、AはBよりも仕事の「責任」が重く、求められる「技能・知識」も高い。
 理由3:残業や転勤の要請も、正社員A場合、非正規労働者とは違ってほとんど拒否できないまでにつよい。
 要するに企業側の賃金決定に関する評価では、一見「同じ仕事」でもA正社員とB非正規労働者とは「同一労働」ではないのだ。BとAの一部が組立工でAが班長の工場や、Bがデータ入力や受付作業でAがデータ出力と企画業務のオフィスでは、「職務範囲が違う」論理はより説得的だろう。その説得性は、言葉の素朴な意味で「同一労働同一賃金」を適用できる範囲を著しく狭める。だが、正規・非正規の賃金格差にまつわる問題の本当の深刻さは、そこにあるのだろうか?
 「同一労働同一賃金」の指針は、「同一価値労働同一賃金」(以下、ペイ・エクイティ=PEと略)へのあゆみを伴わないかぎり、Aに対するBの不当な賃金格差の正否または適否を問うことを棚上げにしてしまいかねない。現代日本における非正規労働者にとって枢要の要求は、それゆえ、「同一労働同一賃金」ではなく、賃金格差の「正否または適否」を問題にしうる賃金決定方式、すなわち、企業が安んじてBを被差別的低賃金にとどめうる慣行を撃つことのできるPEの思想と制度なのだ。ちなみに現存する所定内賃金格差を一瞥しておこう。男性正社員を100とすれば「正社員以外」の男性は63%、同じく女性は51%(賃金センサス、2012年)。すべての要素をこみにした非正規労働者の年収は正社員の36%にすぎない(国税庁所得調査、2012年)。

 70年代末以降の欧米諸国で普及したPE制度とは、さまざまに異なる仕事を、その担当者の属性を問わず、必要な技能・知識、精神的・肉体的負荷、課せられる責任、作業環境の4要素で職務評価し、秤量されたその評価点にもとづいて報酬の高低を決める賃金決定方式である。正社員と非正規労働者の仕事の評価点がたとえば100vs80であれば、ここでは両者の賃金格差が2割を超えることは許されない。こうした制度の導入が枢要の争点になる。実は安倍晋三も、「同一労働同一賃金」としながらも正規・非正規の賃金格差を100vs80ほどにと唱える以上、現行格差の程度の見直しを無視する経済界よりは、「仕事が異なる」とみなされる場合の賃金格差是正の必要性、つまりPE制導入の必要性をうすうす感じているのかもしれない。政府批判の側は、折角の「同一労働同一賃金」表明を偽りなきものにさせるためには、「同一価値労働同一賃金」・PEをどこまでも追求しなければならない。

 日本においてPEを制度化するに際しての難問は、実はこの先に待ち伏せしている。問題は複雑であるが、回避できない論点をできるだけわかりやすくまとめてみよう。
 非正規労働者の担当職務(個人に割り当てられる単位仕事)が総じて限定・特定されているのに対して、正社員はふつう、多段階の職能ランクのいずれかに属する複数の担当職務のいずれかを遂行している。しかもその担当職務の範囲や種類は業務の要請に応じてしばしば変動する。単純にいえば非正規労働者は職務給、正社員は職能給である。ファミレスの例に戻れば、非正規労働者の接客と同じようにみえる店長の接客とは、もともと異なる賃金処遇制度のもとにあって直裁に比較できない、店長の当面の担当職務に対する賃金は、非正規労働者のそれとは違って、昇格・昇給を予定される次のキャリアの職能ランクに属する担当職務ができるかどうかを判断する、「潜在能力」や経験的技能や業務態度などを総合的に評価して決められるべきだ--経営側はこのように主張する。
 端的にいえば、正社員の賃金は、そのときの担当職務に対する支払いではなく、類似の仕事も包括する職能ランクに対する支払いなのだ。非正規労働者の賃金を正社員の賃金と均等にするにせよ、納得しうる格差の線で均衡化をはかるにせよ、立ちはだかるハードルは、この担当職務を比較するフレームの欠如、少なくともその曖昧さにほかならない。もともと仕事別賃金システムの欧米では免れている、それはまことに日本的な困難である。

 この高いハードルを超えるなんらかの方途を、日本の労使関係はどこかに見いだせるだろうか。賃金システムは決して革命的に変革することはできない。私には、労働組合員に適用者が多い職能給を、職務評価制を取り入れた職務給的なかたちに漸次的に変えるほかないように思われる。
 まず非正規労働者にも昇格可能な1~3ほどの職能・技能ランクをもうけて、そのなかの担当職務を意識的に確定し、職務評価を試みる。ここではランクに属する仕事の種類が多くないゆえに、これはそれほど難しい作業ではあるまい。正社員の場合はいくらか厄介ではあれ、次のような手続きを踏みたい--既存の職能・技能ランクのそれぞれに属する担当職務(群)をここでも意識的に設定する、その複数の担当職務のそれぞれを職務評価して、その平均点をもってそのランクの担当職務の職務評価とする。そうすれば、正社員の初期の職能・技能ランクのいくつかは非正規労働者の職能・技能ランク1~3とはじめて比較可能となるだろう。さしあたり正社員のみが昇格可能な中期、後期(管理職段階)の職能・技能ランクの賃金は、以上の職務評価点を基準にして決められる・・・。
 職種別賃金の欧米でも、実はそれぞれの賃金ゾーンに、そこに属する具体的な職名をすべて列記した技能ランク別賃金協約を締結している産業が数多い。上に述べたような「改革された職能給は」、正社員のばあい、日本企業の「フレキシブルな働かせ方」の現実に妥協して、なお個々の担当職務に対する賃金ではなく職能・技能ランク別の賃金にとどまっている。けれども、人に対する支払いをできるだけ仕事に対する支払いに変えてゆく営みを続けるならば、日本の賃金決定も、正規vs非正規、男性vs.女性の不当な格差を是正しうる欧米の技能ランク別賃金や、昇格によって仕事が変わり昇給もする範囲職務給に近づくのである。

 以上に述べたところをまとめてみる。
 (1)欧米の水準を超える正社員と非正規労働者、ひいては男性と女性の大きな賃金格差を是正するためには、「仕事が違う」と門前ではねつけられることの多い「同一労働同一賃金」の空しい表明より、格差の程度の正否または適否を問うことのできる、職務評価を前提にした「同一価値労働同一賃金」・ペイエクイティの営みが追求されなばならない。
 (2)日本で正規雇用、非正規雇用の担当職務の比較そのものを難しくしている、前者は職能給、後者は職務給という異なる賃金決定方式への鍬入れが不可欠である。このハードルを超えるためには、たとえば職能ランク別に所属する複数職務の平均評価点の設定を使った職能給の職務給化をはかるほかはない・・・。
 ここではさしあたり、非正規労働者のキャリア展開、すなわち仕事もより充実する昇格の保障とか、すべてを根本的に変える、非正規雇用そのものの廃止を目指す雇用関係そのものの改革については論じていない。とはいえ、賃金決定の具体的な改革は結局、公務員の世界を別にすれば、政府の施策や法律によって果たされるものではない。だとすれば、雇用関係の差別的な枠組みのなかでも、労働者が現行の巨大な賃金格差を容認するものでないかぎり、労働組合の責務はとても大きい。
 日本の労働組合は、PEの思想をわがものとして、ともかく、正社員=組合員と非正規労働者の賃金を一括して、できれば両者の賃金決定方式を同一にする要求をこめて、交渉や労使協議にあたるべきである。スウェーデンやイギリスにおいて、従来の組織労働者の範囲を超え、なによりも政府の施策の直接的な影響が及ばない民間部門でも総じてPEを達成されていることには、労働組合が枢要の枠割りを果たしているのだ。この問題に対して政府がもっとも着手すべきは、「同一価値労働同一賃金」の理念法を成立させるとともに、正社員・非正規労働者を包括した賃金交渉を労使に義務づけることであろう。その後者ができるか否か。安倍政権の財界からの自立または従属の程度がそれでわかる。
                                2016.5.21記

その8 「社会的労働運動」としての連帯労組・関西地区生コン支部

 「社会的労働運動」とはなにか
 現代日本における格差社会の深化と貧困の累積に対してあまりに無力であるゆえ労働組合というものの存在意義すら問われているいま、いくつかの労働組合はようやく、特定企業の正社員≒組合員の既得権の擁護だけに汲々とするわけではない、いわゆる「社会的労働運動」論を掲げはじめている。そのこと自体は歓迎すべきことだ。だが、そのスタンスはどこまでほんものだろうか。
 皮肉な言い方ながら、ナショナルセンターや単産や個別組合が組合としてのサバイバルと復権を願って、労働組合も社会全体のことを考えていますよと世間にアピールするために、闘いのプランも、身銭を切り身体を張った実践の用意もろくにないのに、広く国民生活に関わる政治・経済・社会福祉などへの革新的な取組みを組合のアジェンダに加える、そのことをもって「社会的労働運動」を標榜することもままあるように思われる。しかし「ほんもの」もある。全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下、通称「関西生コン」と略)の営みがそのひとつである。
 本来、まずもって組合員が痛感するニーズに固執するほかない労働組合の営みが国民多数の生活向上と権利擁護に寄与する、すなわち偽りなき「社会的労働運動」になるには、労働組合に固有の、労働組合にしか辿れないルートというものがある。それは、労働組合が労働条件を標準化しようとする範囲を、個別企業の正社員だけではなく、競争企業・関連企業・下請企業の労働者や多様な非正規労働者たちに、執拗に広げてゆくことだ。それゆえ、例えば、みずからの傍らで働く非正規雇用者への差別や関連企業の労働者の労働条件格差を放置したままの企業別組合が、憲法9条改正や秘密保護法や原発再稼働や社会福祉の切り下げなどの反対を掲げることは、辛辣にいえば掲げないよりはましという程度の意義しかないだろう。よく誤解されることだが、本当の「社会的労働運動」の性格は、「支払能力」格差のうちに閉ざされない本来の労働組合主義の強靱な展開の延長上にこそ獲得されるのである。この前提に立って、ここに、私が「ほんもの」とみなす、関西生コンのユニークですぐれた営みを紹介したい。  

 関西生コン労組の独自的な組織と運動
 関西生コンが「社会的労働運動」を展開できるには、もちろんそれなりの背景がある。以下に、そのいくつかをピックアップしてみよう。
 世間一般にはなお未知のことかもしれないが、この組合にはまず、日本の多くの労組にはみられない組織上の特徴がある。関西生コンは、発注先のセメント会社と受注先の建設ゼネコンの中間に群生する中小企業、生コン会社で働く労働者およそ1700人を、個人加盟ではあれ、企業横断的に組織する欧米型の産業別組合である。
 よくある企業別組合の連合体としての「単産」ではない。関西生コンは、建設連帯労組の「支部」ではあれ、ここでは支部が「単位組合」なのだ。それゆえ、交渉権、争議権、妥結権は企業ごとにある「分会」ではなく、支部=単組に集約されている。賃金も、80年代はじめ頃から、セメント・ローリー運転手、生コン工場の製造工、「圧送」の運転手と機械工など数種の職種別に交渉・決定されている(この職種別賃金は基本的に企業横断的ながら、最近ではいくらか企業間格差も生まれているという)。
 特徴的なのは組織形態ばかりではない。関西生コンは、この点でも現在の労働界ではすでに稀なことながら、本当にストライキのできる労働組合である。一般に限界投資単位の小さい中小企業が集中する産業分野で労働組合がストライキをするのはかなりむつかしい。それができるのは、ひとつには、関西生コンが上述のような企業横断の単組という組織であり、労使関係にストはありうるというまっとうな認識をもって、収入途絶のストライカーには月30万円の生活費を保障できるような闘争積立資金の用意を怠っていないからだが、より注目すべきことに今ひとつには、この組合が労使交渉の枠組の構築にすぐれた創意を発揮してきたからにほかならない。
 生コン中小企業のビジネス上の取引先は、上流がセメント会社、下流が建設ゼネコンという、いずれも価格交渉力のつよい大手企業である。この環境のもと生コン業界での企業間の価格競争が放置されれば、多くの企業の収益性は危うく、その危うさはかならずこの業界で働く労働者の労働条件へのしわよせを招く。そのビジネス環境を直視して、関西生コン労組は、業界が「構造改善事業」に指定された70年代半ば以降、上流および下流の独占大企業による関連中小企業への圧迫を抑制すべく、生コン業界がセメント会社に共同発注、ゼネコンに共同受注のできるような事業の協同組合づくりを促進したのだ。これは労働条件の直接の交渉相手である生コン会社に、賃金相場を守ることのできる「支払能力」をつけさせるという、一種の中小企業との共闘であった。その上で組合は、その協同事業体との間で、かねてから進めていた集団・統一交渉を展開して標準的な労働条件を獲得するとともに、組合の推薦する人を優先雇用させるという協定を結ぶのである。
 もちろんその場合、協同事業体に属さず、ぬけがけで相場を割る低価格取引と労働条件切り下げで対応しようとする「アウト企業」が一定かならず現れるだろう。そこで組合の力量が問われる。関西生コンは、実際「アウト企業」に対して、ピケをふくむストライキやボイコットをもって報いる。その実践によって、組合組織率は約30%に留まるのに、この集団交渉の結果は、この業界の労働条件の規範となりえているのだ。日本ではほとんど例のない、ヨーロッパ型の労働協約の拡張適用がここにある。
 このような営みはとはいえ、業界の製品価格設定への組合の介入を必然的にするだろう。とくにビジネスの下流、大手ゼネコンに事業協同体が供給する生コン価格を一定水準から下落しないようにさせることが、賃上げとともに当然の組合要求となる。それをめぐる大手ゼネコンとの確執が、2010年の139日に及ぶ地域(大阪、神戸)ゼネストの背景であった。数値が状況を明瞭にする。当時、生コン1立方メートルの価格は、アウト企業で8000~9000円、組合規制がさほどではない東京都内で12900円、大阪市内では、従来の協定で14800円、実勢では13200円ほどであった。この年、協同事業体と組合は18000円を要求している。そして長期闘争の結果、妥結の水準は16300円(新契約は16800円)となる。この組合は、労働条件の標準化を追求する帰結として、中小企業製品の価格維持をも闘いの視野に収めたのである。
 関西生コンのこのような労働運動が、総じて高度経済成長期このかた、とくに70年代半ば以降の民間労使関係のありように高い満足を表明してきた政財界にとって許すべからざるものであったことはいうまでもない。かつて生コン業界には、労使関係のなんたるかをわきまえない無頼の経営者も少なくなかった。組合組織化の運動に対する暴力的な対応の波頭として、74年と82年には組合員が会社に雇われた暴力団の手で殺害されてもいる。一方、81年には、ヤクザならぬ日経連会長の大槻文平氏も、要旨およそ、関西生コンの運動は資本主義の根幹に関わる、こんなのは「箱根の山を越えさせない」と述べたものだ。司法の対応も偏っていた。代表的には、関西生コンの闘いにどうしても随伴するアウト企業に対するピケに対して、司法はビジネスを妨げる「威力業務妨害」適用を攻撃をかけ、ときにアウト企業からの損害賠償請求を認めさえした。正当な組合行動に対する刑事弾圧も頻繁であり、この組合はこれまで延100人以上の逮捕者を出している。
 これらは先進国ではもう通用しない労働運動への文字どおりの弾圧にほかならないけれど、この日本では、横断組合による個別企業の「経営権」への介入を異常(違法!?)とすることさえまかり通っている。権力にとっては、企業横断的な産業別組合が実力をかけて中小企業の存続も視野に入れた産業政策を追求することは、二重の意味で「反社会的」なのだ。ほんらい企業の専権事項とみなされる製品価格への介入など、彼らにはもってのほかであろう。だが、現代日本の権力の側が「反社会的」とみなす労働運動こそ、まさに労働者が誇るべき「社会的労働運動」ということができる。

 関西生コン労組の社会的な意義
 この地点で、あらためて関西生コン労組の運動の社会的な意義を確認しておこう。 その1。ビジネス上の競争にしのぎを削る多くの中小企業と、どの企業でもその技能が通用する労働者たちが相対する分野では、労働者がひとつの横断組合に結集して企業側と労使関係を結ぶことなしには、競争に勝ちぬこうとする個別企業の労働条件の継続的なダンピングに対抗できない。その場合、団交の相手側は、それが関連企業や親企業のしめつけの下にある弱小の中小企業である場合には、組織された業界団体でなければ成功は覚束ない。それゆえ、関西生コンが協同事業体の形成に尽力して、その協同体との間の集団交渉を慣行化していることの意義はきわめて大きい。
 港湾労働者は、どの先進国においても伝統的に、これと類似の労働組合と労使関係の形態を選んでいる。日本の全港湾もそうだ。関西生コン型の営みは、だから考えてみれば、実に広汎な産業の労働者に適用されるべき必要性と可能性を孕んでいる。トラック運転手、タクシードライバー、観光バス運転手など、いまは組織率も低く、中小企業間の競争の圧力が総じて過酷な労働条件に転嫁されている広義の運輸労働者には、関西生コンの労働運動はとくに大きな示唆を与えるはずである。
 また例えば、もし福島の原発労働者が、いくつかの単産やナショナルセンターの働きかけで単一労組を結成でき、業界団体の結成はいまだしとしても、東電、元請・下請企業と団体交渉ができるようになれば、ものいえぬ彼らのやりきれなさはどれほど軽減されることだろう。要するに日本のユニオンリーダーはなべて、組合といえば企業別組合しかないという迷妄から脱したいものである。
 その2。関西生コンの事業協同体との交渉が、製品の「適正価格」の維持に踏みこみ、ゼネコンにそれを認めさせるストライキを実行することの意義も、広く日本の労働者とってきわめて深い。その意義をさらに二点にわけて考えてみよう。
 そのひとつ。現代日本では多くの下請労働者が、親企業からの受注価格の切り下げをなんとかやりすごそうとする雇用主、すなわち下請企業の、ある意味ではやむおえない労務管理によって劣悪な労働条件にあえいでいる。さしあたり下請企業の労働者もたいてい、親企業系列ごとの企業別組合しかもたないか、または未組織のままであるゆえに、ここにメスを入れるのは容易でない。だが、それゆえにこそ、中小企業の雇主が親企業に対する価格交渉力、ひいては一定の支払能力をもてるように労働組合が支援する、この関西生コン型の組合運動が模索されるべきであろう。その模索こそは、深刻な業規模間賃金格差の根因である下請構造への労働組合のもっとも真摯な鍬入れなのである。
 対比させる意味でひとつの代表的な企業別組合のスタンスの紹介を試みよう。2016年春闘でトヨタ労連は「ベア3000円以上・関連企業労働者にも大幅賃上げで格差是正」を要求に掲げる。一方、会社側は14年度下期から1年ほど続けた部品メーカーに賃上げを促すための部品の仕入れ価格を据え置く対応を16年度はやめ、例年どおりの値下げ要請を再開するという。労連はこの部品単価の見直し・値下げ再開になにもいわない。勘ぐれば本体企業の業績が悪化すれば業績連動の賞与が減らされるからだ。労連関係者は言う、「部品単価は経営が考えることで、組合の範囲を超える」(朝日新聞2016.1.16)。トヨタ界隈での企業規模間格差の是正は今年も絶望的であろう。だが、これがふつうの姿なのだ。関ナマ労組の営みの際立った質の高さが知られよう。

 今ひとつ。労働組合が中小企業の「適正価格」の維持に協力することの意義は、現代日本においては、下請問題を超えて、より広汎である。
 「脱却」が唱えられる「デフレ」とはひっきょう、中小企業の提供する安価な製品・サービス価格と、そこで働く人びとの長時間労働や低賃金との相互補強関係を意味している。そのことを真摯に顧みれば、ともかく低価格を歓迎する消費者としての一般国民の願いは見直されるべきであろう。消費者のだれもがどこかでは働いているからだ。それゆえ、さしあたり「反国民的」とみなされようとも、労働組合運動は劣悪な労働条件と直結する低価格に奔る企業ビヘイビアを見過ごしてはならない。関西生コンの生コン適正価格維持の闘いを多くのマスコミは「逸脱」と批判したけれども、アウト企業へのピケは、労働条件の劣悪な、例えばブラック企業の製品の市民ボイコットと同じ行為であり正当なのだ。私たちは今日、低価格と劣悪な労働条件の結合が、どれほど不可欠なサービス分野からの激しい離職、観光交通や食品の安全危機を招いているか、すなわち、どれほど社会の質の劣化をもたらしているかを顧みるべきであろう。

 私の印象では、雇用保障については、関西生コンの営みは、ここでも全港湾と類似のものながら、雇用安定基金による共同雇用、登録労働者の就業斡旋、収入保障を組み合わせた伝統ある全港湾の制度とくらべると、なおシステム化は遅れ、不安定なように見受けられる。この点の充実が今後の課題であるように思われる。とはいえ、全体として、これほどのなかま意識と創意をもって、ともすれば使い捨てられかねない中小企業のブルーカラー労働者の界隈に、定着できる居場所としての労働組合を構築しえたことに、私は深い感銘を禁じえない。関西生コンの実在は、長らく労働研究を続けてきた私には、日本の労働組合運動への絶望を見直させるたしかな希望である。

 注:『関西地区生コン支部 労働運動50年──その闘いの軌跡』(社会評論社、
    2015年)所収。HPへの転載にあたってわずかに加筆・修正した。 

その7 去年今年、「ザッツ、ニッポン!」それでもなお

 恒例の「紅白」は毎年見ることにしている。総じてつまらなく見終わればいつも後悔する。それでも、「政治ぬき」で楽しませる主旨のこの大イヴェントは、その都度、NHKが国民意識をおよそどんな方向にまとめようとしているかを透視させる。日本社会のありように無関心でありえない寄せる者としては、そこから目を背けたくなかったのだ。だからまたうかうかと見てしまった。だが、とくに「ザッツ、ニッポン!」と銘打つ2015年末の「紅白」に感じた違和感は、なまなかのものではなかった。
 空疎な歌の内容をダンスで糊塗する若者たち。聴きあきた名歌を厚化粧のように誇張して歌うベテランたち。新曲が少なく「メドレー」が多かったのも今回の特徴と思われた。そして間合いをびっしりと埋める信じられないほどのおふざけとNHK人気番組の自己宣伝・・・。現代日本の歌謡文化の質の、なんという低劣さだろう。
 そればかりではない。今回の紅白「ザッツ、ニッポン!」は、みんな集まれ、格差や貧困の苦しみなんか忘れよ、日本の明日にひそむ危機なんか気にするな、この人情豊かな大国日本に誇りと希望をもとう、やがて有力なアスリートたちが勇気をくれるオリンピックも近づく・・・と謳う。舞台や審査員席の有名人が、津波被災地──原発事故の福島は別である──に駆けつけたというエピソードを紹介するにも、ぬかりはない。テレビの前の、テレビしか楽しみのないしんどい生活の人びとが、カメラがその表情をとらえることのない会場の視聴者が、こんな紅白を心から楽しみ、明日に希望をもてるとは私には思えない。本当に「盛り上がっている」のは、まぎれもない成功者である舞台上の人だけではないだろうか? もうおことわりだ。

 たかが紅白、目くじらを立てるほどのことではないかもしれない。されど紅白である。客観的にはこれは、体制メディアNHKの仕掛ける、2015年夏秋の政治的危機の峠を越えた安倍政権の「一億総活躍社会」に国民一丸となって協力しようという、すぐれて政治的なメッセージであるかにみえる。そして、そこは個人的な心象風景にすぎないけれど、この紅白にふれることで、この紅白にふれることで私の昨年以来の憂鬱がいっそう深まってゆく。この「ザッツ、ニッポン!」のどこに私は着地すればいいのだろう。これからなにを学び、なにを発信できるのだろう。それがわからない鬱屈と焦慮が、まずは新年の所感なのである。
 私はおよそここ3年ほど、自分が大切だと思うことと、社会的に発言を求められることとの大きな懸隔を感じてきた。例えばそれは、およそ労働問題を考えるにあたっての産業民主主義の不可欠性、労使関係の営みや労働組合運動の復権の枢要性である。このあたりは、日本の民主主義擁立論のなかでもなお関心は低く、2016年には、社会的な発言の機会の著しい縮小が見通される。率直にいって、労働研究者としてはもう「賞味期限切れ」のようだ。引退して、寡黙な余生に入るべきなのかもしれない。 それもいい。今のささやかな願いとしては、私のこれまでの著作が後続の研究者、労働運動の実践者、市民の方々によく読まれることだけである。まだ広く読者を得ていない二著がとりわけそうだ。過労死等防止法なった今にこそふさわしい職場生活の軌跡の叙述『働きすぎに斃れて──過労死・過労自殺の語る労働史』(岩波書店、2010年)と、研究史の自伝的回顧と現時点の労働分析やエッセイを収めた『私の労働研究』(堀之内出版、2015年)である。ちなみに後者について、若い世代3人の立ち入った評論と充実したフロア討論を収めた『職場の人権』誌93号が昨年末に刊行されたことは、現在の私にとってはこの上ない贈りものであった。

 けれども、やはり心にわだかまるのは、こんな「ザッツ、ニッポン」でいいのかという思いである。労働研究者としては一線を退くとはいえ、なおあがきたい気持がある。その文脈でこれからも学びたいことのラフ・プランを書きとめるなら、その問題意識の契機は、前回、前々回のエッセイに書いた私なりの2015年夏秋の総括、「情勢論(1)(2)」にある。ごく簡単に再論しよう。
 2015年9月27日の安倍政権による戦争法の強行、立憲主義の蹂躙に対する広汎な諸階層の抗議行動は、組織の動員ではなくすぐれて個人の自発的な参加によるものであった。私はしかし、そのことのまぎれもない光に伴う影の領域にも注目する。その影とは、人びとが非日常的な国会前の結集から帰るところ、日常的な界隈に働く強力な同調圧力、その「空気」に抗う者のKYとみるという現実である。「日常的な界隈」とは、例えば、家庭、学校、友だちとの親密圏、公園やレストランのママ友グループ、そしてなによりも企業社会の内なる職場にほかならない。そして、ここに言う「同調圧力」の空気に濃くただようものは、次のような粒子である。 
 ・社会運動なんかで支配構造が変わるものかというシニシズム
 ・「政治的中立」とよばれる政治的無関心、ひいては支配権力への客観的な追随
 ・エコノミックアニマルの実利主義。就職や会社人生での成功へのひたすらな願い
 ・スポーツやオリンピックで醸成されつつある美しくつよいニッポンへの愛国主義
 ヘイトスピーチや「自虐史観」非難をあえてする極右はなお庶民のものではあるまい。しかし、上の「常識」に抗う者は「サヨク」=KYとして、界隈のボスの主導のもとに公然と、または暗黙裡に排除する思潮は、確実に高まっているように思われる。
 
 こうして庶民の住む日常的な界隈を支配する保守的な同調ゆえに、安倍政治はなお安定的である。だが、なぜ現代日本では、界隈の民主主義──排除の怖れなき成員の自由な発言権、多様な存在・多様な意見の許容──が弱いのだろう。もともと戦後このかたそうなのか。最近とみに弱くなったのか。いずれにせよ、そんなことを考えてゆきたい。私はそう思い定めて、人びとの生活の近現代史、意識と思想の軌跡、なにかを感じとった人びとの挑戦と挫折の評伝などをあらためて学ぼうとしている。この領域はしかし、私にとって新奇なものではない。思えば私のこれまでの労働研究も、労働問題の事象の背後にひそむ、生活実態を凝視してやまない労働者の主体意識というものを把握しようと、つねに努めてきたからである。
 最後に、すでにはじめているこの系統の読書のうち、2015年、とくに感銘を受けた作品のいくつかを紹介しておきたい。例えば、近世日本における最大規模の民衆蜂起としてかねてから関心を寄せてきた天草・島原の乱を考察する玉野井隆史『島原の乱とキリシタン』(吉川弘文館、2014年)。強靱な自由な精神をもって戦前・戦中・戦後の逆境を生きた女たちの評伝集、澤地久枝『完本 昭和史のおんな』(文藝春秋、2003年)。細井和喜蔵の内妻だった人の不屈の生涯を伝える自伝、高井としを『私の「女工哀史」』(岩波文庫、2015年)。また私にとって最大の収穫だったのは、加藤典洋『戦後入門』である。広汎な文献渉猟と精密な考察の満たされたこの作品は簡単な紹介になじまないけれど、加藤本によって、私はアメリカの原爆投下と無条件降伏論の意義、安保条約と軍事基地の意味するもの、日本人が保革を問わずなぜ対米従属からの離脱を本格的に追求できなかったかなどをしたたかに教えられた。結論として加藤は、レーニンの「平和に関する布告」以来のひとすじの理想主義を受け継ぐ国連への協力を断固として選択する、いわゆる「左折の改憲論」をとる。国連への信頼についてもちろん留保はありうるけれど、それは、安倍の復古路線はもちろん九条擁護論者さえも免れない対米関係についてのあるジレンマを突くものであり、加藤説は護憲の陣営においても十分に検討されなければならない。
 もうひとつ、岩波書店が『人びとの精神史』なる9巻のシリーズ刊行をはじめている。戦後を九期にわけ、意義ぶかい営みを紡いだ人びと、有名、無名あわせてほぼ100人の思想の軌跡を、分析者・執筆者も約100人を擁して辿る大きな試みである。私が昨年読んだのは、1巻から3巻、栗原彬/吉見俊哉編『敗戦と占領 1940年代』、テッサ・モーリス・スズキ編『朝鮮の戦争 1950年代』、栗原彬編『六〇年安保 1960年前後』の三册である。書き手の現代的な問題意識と、対象者との距離の微妙さによって、感銘の程度はさまざまではあれ、総じてとてもおもしろい寄稿が多く、きわめて有意義な企画であると感じた。今年の読書はこの続刊からはじめるだろう。ちなみに私は近刊の第6巻、『列島改造 1970年代』に、「小野木祥之──労働のありかたを問う労働組合運動の模索」という文章を寄せている。とはいえ、全体として労働問題という視点への関心の希薄さは、戦後民主主義の言説を代表するこの出版社の企画においても典型的にうかがわれる。

その6 情勢論(2) 日常の界隈に働く強力な同調圧力

 SEALDsの若者たちは「私の思い」を伝えるいくつかのユニークな語りとともに、「民主主義ってなんだ、なんだ」、「これだ!」とシュプレヒコールで訴える。では、「これ」とはなにか。それはこの集会・デモという、とりあえずは非日常的な空間であろう。
 こうした「組織でなく個人の参加」に新鮮な感銘を受けながらも、私にはある危惧が残る。ふつうの人びとが集会やデモを終えて帰る日常の界隈は、教室、友人との親密圏、家庭、地域、そして職場であろう。それらの場ではふつう、政府批判的な発言などをあえてして傍らのなかまを行動に誘うことをKYとみなす、強力な同調圧力が働いている。実際SEALDsの若者がこう語ることもある──友人の間では私の意見はなかなかわかってもらえず孤独を感じていたけれど、ここに来てこんなに沢山のなかまがいることがわかって本当にうれしい、と。
 日常の界隈を支配する「常識」への同調圧力が、私は怖い。その常識の大前提は、知的な合理主義ではなく、庶民が支配権力に抗うことの成果を絶望視する徹底した現実主義であろう。いくらか内容を問えば、それは、深刻な格差の正否を問うことを彼岸視したエコノミックアニマルの志向であり、「政治的中立」を僭称する政治的無関心である。反戦・平和・防衛については、といえば、それはせいぜい、想定される侵略者=「強盗」に対する「戸締まり論」、あるいは米軍に協力するバランス・オブ・パワー論となる。備えあれば憂いなしというわけだ。社会構造と歴史に関する知的営為のないこうした卑近な現実主義に立って、日常の界隈の小ボス、オピニオンリーダーは若者たちに、「共産党みたいなこと」を言っていては、有利な進学もまともな就職もできないよ、友だちといてもしらけるよ、みんなの関心は安保や憲法なんかじゃなく、コミックやおしゃれやアスリートや彼/彼女と行くレストラン情報だろ・・・と説教するだろう。

 もっともこうした若者サブカルチャーへの没入は、しかしまだ、「戦争が怖くてふるえる」気づきによって相対化できるかもしれない。しかし、学校や家庭やメール友だち以上に永続的で避けがたい「界隈」である企業社会・職場では、KYを許さない同調圧力の強さはさらに圧倒的である。ここでは、サラリーマンや労働者は、まず頻繁な残業や心身を消耗させる過重労働によって政治参加のゆとりを奪われており、その労働意識は、景気上昇、企業の発展、職場の生産性向上の範囲に閉じ込められていて、とても戦争反対や立憲主義擁護のため国会前に集まる気分になれない。また、およそ70年代末までとは違って今では、労働者が職場で、たとえば兵器生産や原発推進を語ることは、不利益処分を覚悟せずには不可能であろう。安定した保障が危なくなりかねない。
 この文脈では、今回の安保法制に反対する集会・デモの参加者はたしかに「職業、世代を問わず」ではあったけれど、無愛想にいえば、企業社会の論理から身を遠ざけうる程度に応じて参加できたということができる。参加者のなかで現役のサラリーマン・労働者は決して相対的に多くなかったように思う。とくに初期には、集会に労働組合の旗がないことを、組織動員の参加ではないとしてなにか肯定的に語る人もあったけれど、私は評価を異にする。誤解してはならない、60年安保での組合の参加でも、労働者は組合の動員でいやいや集まったわけではない。いま組合の参加が少ないのは、組合員、すなわちふつうのサラリーマン、労働者の参加が少ないということであり、彼ら/彼女らをそこへ送り出す企業社会が政治討論の場としてすでに不毛の地になっていることを物語る。もっとも連合などはさすがに、夏には大規模な集会・デモを組織するようにはなった。しかしこれは、たいてい日曜日の午前中に限られており、率直にいって、支持政党の民主党を励ます、形式的な動員の性格がつよかったように見受けられる。

 平和主義・立憲主義の危機に「じっとしていられなくなって」「個」として国会前にきた人びとは、日常の界隈に戻ると、もうKYはやめるようにという、硬軟さまざまの圧力のなかしんどい思いに苦しむ。やむなくその「空気」に靡く人も多いことだろう。こうして「政治的に中立」の国民に遠巻きにされ、復古的な強権は安定する。
 この10月25日、研究者とSEALDsのシンポジウムで、立命館大学2年の大澤茉実は、「空気を読んでいては、空気は変わらないのです」と発言した(朝日新聞2015年10月26日)。それは燦めくような言葉だ、やはりそれを出発点としたい。日常の界隈の空気は傾向として重くなり、支配権力に対する抵抗を難しくするだろう。だが、主張の宣伝力や政策行使の資源において、市民と権力(具体的には政府・地方自治体、ときに大手メディアなど)の間に明らかな非対称性があるかぎり、「政治的中立」とは権力を支持することと同じだ──そう認識する人びとが、日常の界隈に波紋をもたらし、そこから溢れ出すかたちでレジスタンスを執拗に続けるならば、空気は変わってゆく。
 政治の場はむろん国会だけではない。だから闘いは多様なかたちを取りうるだろう。私の危機感を示す「情勢論(1)」の文脈では、さしあたり「政治的中立」のなかで政治問題の討論をすることを許さない役所、教育委員会、学校当局、政府批判を忌避するマスコミなどには、市民グループの抗議行動が鋭く突き出されねばならない。
 もちろん、国政選挙では、戦争法廃案と立憲主義・憲法擁護の線で有力野党が協力体制を組むべきである。私見では、このたびの反安保法制の運動でもっとも評価すべきだったのは民主党と共産党が対立しないことだった。これ以上、政党について語れば「生臭い」議論になるけれども、あえて言いたい。これまでは長年、民主党・連合の共産党排除と共産党の全選挙区での候補者擁立とが、悪しき相互補強関係にあった。どちらが反省すべきだったかの議論は不毛だ。第二党の民主党は、伝統の反共主義を払拭し、いま第三党の共産党のこのたびの協力提案を、少なくとも選挙の候補者調整については支持に踏み切るのがまっとうな選択であろう。過去のしがらみにとらわれないSEALDs TOKAIも、最近の集会に野党4党を招いて、正しくも「垣根を越え」た協力を訴えている(朝日新聞2015年11月15日)。
 民主党のなかには、とはいえ、共産党とはめざすところが違う、共産党と組めば、かえって得票を減らす、シロアリのように民主党の基盤を崩される・・・として、協力を拒む有力議員が存在する。では、民主党の路線は、もう「共産主義」とはいえない共産党のそれとどう異なるのか、維新のそれとどう共通するのかと問いたい。だが、それはともかく、もっぱら共産党の勢いへの怯えが印象ぶかいこれら細野、前原らの発言には苦笑するほかはない。9.19からなにも学んでいない、こんな古びた反共主義に凝り固まった考えで、どうして民主党が伸びるだろうか。

 最後に、私はやはりこだわりたい、日本産業社会の深奥の岩盤をなす企業社会での「堅気の」サラリーマン・組織労働者の抵抗は、なお絶望的なままだろうか。
 朝鮮戦争やベトナム戦争の折には、軍需産業を扱う機械産業労働者のなかに散発的なサボタージュが、60年安保の折には、国鉄労働組合などの時限ストがみられた。時代は大きく保守化しており、そんな行動はもう難しいかもしれない。けれども、2015年初夏から秋においても、今後の戦争法体制の要請にもとづく、国策に沿った労働のゆがんだ方向づけを警戒して、印刷・出版、医療などの諸組合が反安保の運動に参加している。大規模でないにせよ、それはみずからの労働の意義を確認する貴重な営みであった。
 ここに学ぶならば、このエッセイに述べてきた地方自治体や教育委員会の動向に注目して、地方公務員の組合はもっと、市民運動の自由を制限する行政体の統制を内部から突き崩す営みができるはずだ。また、教員組合はもっと、むしろ若者の政治的無関心を育てるような「毒にも薬にもならない」社会科や歴史の授業を拒むことができるはずだ。それに多様なマスコミ従事者の組合はもっと、進行する批判的ジャーナリズムの窒息死に抗うことができるはずなのだ。踏み出されるべきはいずれも、狭義の労働条件を超えて、自分たちはなんのために働いているかを問い直す労働運動の新たな地平なのである。
 ある意味では市民運動に協力するこうした営みが、もっとも困難な運動領域であることを、私ははよく承知している。しかし労働組合は少なくとも、「個」としてデモに参加して帰ってきた労働者を孤立させないように、職場でなにができるかの政治討論に入るべきだろう。そこに進むことを、来るべき容易ならぬ時代は労働組合に要請している。

その5 情勢論(1) 15年秋の闘い、統制と自粛の季節へ

 私は性格としては明るいほうだが、このところの日本社会のゆくえの判断ではどうしても暗くなる。例えば2015年10月20の朝日新聞掲載の世論調査の結果をみると、まことに憂鬱である。安保法制については、賛成が36%で前回(9月19~20日)の30%よりも増え、安倍内閣の支持率はなんと35%から40%に増えている。
 9月19日、安倍内閣は、憲法を恣意的に解釈し、矛盾、撞着、ごまかしの「答弁」に終始し、曖昧なところは俺に任せろと開き直って、参議院でほとんど暴力的に安保法制を「可決?」した。およそまともな議会制民主主義の了解を超えるこのような一連の暴挙に、国会前でも全国各都市でも、何千、何万というあらゆる世代と階層の人びとがくりかえし抗議の集会やデモをくり広げた。それから1ヶ月後の世論がこのありさまなのだ。今回の行動は、組織の動員ではなく一人ひとりの自主的な参加によるもの、ここに定着した民主主義の噴出があり、ここに明日の希望がある──その思いには縋りたい。それでもやはり、明るい明日を展望することはできないのである。

 四日市という保守的な地方都市で、脱原発とともに<戦争する国はいや!>と叫ぶ、「オールズ」に偏りがちな市民運動の展開に携わりながら、私もこの間、長らくあきらめかけていた若者たちの異議申し立てを見て、いくたびも胸を熱くしたものだ。
 例えば、6月26日の札幌では、「戦争したくなくてふるえる」若者たち700人のデモのなか、19歳のフリーターという女性は、「私馬鹿そうですか? ギャルは政治を考えてはいけないんですか? いま必要なのは知識じゃなく声をあげることです!」と叫んだという。なんという軽やかな、それでいて心をうつ発言だろう。彼女らにとって、デモはもう「おじさんやおばさんだけ」がする自己満足の行動ではなかった。
 また例えば、安保法案反対のデモに参加したある女子学生の発言が感銘ぶかい。彼女は中学時代、式典で「君が代・日の丸」を拒んで処分を受けた一教師の、校門での訴えに心を動かされた。だが、長らく政治行動には参加できなかった。「彼氏の手前」もあって、みんなにKY(空気が読めない)とみなされるのがいやだったからだ。けれどもやがて、この日本で「KYでない」とは自分の意志を表明しないことなのだと気付かされる。そんなのいやだ、だから、私はいま行動する・・・。それは鋭い感性が可能にした鮮やかな主体性の獲得であった。
 また例えば、もと予科練の生き残り、加藤敦美は、「私たちが生前できなかったこと」、SEALDsのデモに、美しいメッセージを寄せている。特攻で死んでいった先輩、同輩たちよ・・・今こそ俺たちは生き返ったぞ、若かったわれわれが生き返ってデモ隊となって立ち並んでいる、と。思えば伝統とは無念の死者たちにも発言権を認めることにほかならない。SEALDsの若者たちはこうして、もう決して戦争はしないという、死者たちに促された戦後日本の伝統を継承したのである。
 とはいえ、私の記憶に刻まれたこのようなエピソードに関わらず、1980年代以来の国民に定着したシニシズムの岩盤は容易に揺らぐことはないかにみえる。それは、祭りのような社会運動の盛り上がりで「現実」が変わるわけではない、日常生活はなおひっきょうわれわれが抗い続けることができない権力者の管理と支配のもとにある・・・という、世智によって支えられている。

 安倍晋三はいま上機嫌である。そして彼の上機嫌に正比例し私たちは不機嫌になる。今回の「エッセイその5」をはじめとして、これから折りにふれ、私なりの不機嫌な時代の考察と、では、なにが必要なのかについて、思いつくまま素人談義を試みよう。
 まずいえることに、対米協力もとで「戦争のできる大国」に戻すという険しい峠を越えた自民党政府は、60年安保の後のように、さしあたり経済の繁栄、つまり安倍の想定では国民「一億が活躍できる」機会の拡大に注力するだろう。実のところ、牽強付会の憲法解釈を通した政府にとっては、対立を招きかねない憲法9条の改正などはすでに喫緊の課題でないかもしれない。それにシリアは遠く、中国の進出がすぐに「存立危機事態」を招く可能性は低い。安倍は、岸退陣のあと経済成長で国民統合をはかろうとした池田にもなりたいというわけだ。安倍政権は、人びとの関心を安全保障や原発から遠ざけてきたエコノミックアニマル志向に、国民を再び引き寄せようとするだろう。
 アベノミクスはしかし、派遣雇用を活用できる職場領域をいくらでも拡大できるような今回の法改正に典型的に見るように、深化しつつある格差社会の底上げを図る政策ではない。それがめざすのは総じて、社会保障に頼らずともやってゆける一部の精鋭サラリーマンや総合職的な女性社員が、いっそう「活躍」でき子供を増やすことのできるように便宜を供与することであろう。貧困の連鎖にあえぐ非正規雇用の若者が、奨学資金の免除や大型免許などの無償の職業訓練などに惹かれて「経済的徴兵」に応じるならば、それはそれでいいのだ。ついでにいうと、労働組合運動がさらに衰退しても、安倍は経済成長のための賃上げを財界に頼んでくれもするだろう。もっとも政府の財界への働きかけが、企業規模別、雇用形態別、性別の賃金格差を自由に決める経営権を侵すことは決してないけれども。
「これからは経済発展です」と唱える一方、安倍政権は、アメリカと並んで戦争準備も怠りなく原発の稼働も輸出もできる日本を「大国」として誇れ、かつてのナショナリズムを取り戻せと、国民を強力に誘導してやまないだろう。すでに閣僚20名のうち11名は日本会議、17名は神道政治連盟のメンバーであることにも注目したい。周知のように「自主憲法制定」「皇室と日本文化の尊重」「国家儀礼の確立」「道徳教育の強化」などが両団体の主張にほかならないが、この超保守主義は、かつての侵略や植民地支配を直視する視点を「自虐史観」と難じるゆがんだナショナリズムの立場に直結している。さしあたり、沖縄タイムズ、琉球新報、朝日新聞などをつぶせとわめき、恥ずべきヘイトスピーチまであえてするファシスト的な言辞は、民間右翼や一部の政治家個人のものである。だが、例えば百田尚樹などの重用にみるように、こうしたウルトラ右翼は、安倍にとっては自分はまだ公然とは言えないことを言ってくれる先兵であり、ナチス台頭期の突撃隊のような存在である。そうしたウルトラ右翼の言説が最近はばかりなくなっていることは、挙例にいとまがない。
 ウルトラ右翼の言辞はまだ嗤っていられる。けれども市民生活にとってより問題なのは、いくつかの地方行政体が、多少とも政府批判的な市民行動に会場使用などの便宜供与を控えるようになりつつあることだ。政権の意を迎えるためか、あるいは右翼がねじ込んでくると困るという配慮のためか、いずれにせよ、およそ「政治的」なことにいっさい関わるまいとする、団子虫のような臆病さと事なかれ主義がそこに見られる。こうした動きに地方公務員の間から抗議の声が上がらないのはなぜなのか? 
 この傾向は教育行政においてとくに著しい。教育委員会は、教師たちが教育上の創意と工夫を開発してきた日教組の教研集会を学校で開くことを不許可にしたり、あるいは「安保法制」を授業で取り上げた教師のリストを報告させたりしている。政府は、18歳までの選挙権拡大を控えて高校生の政治活動を取り締まる措置を制度化するのに懸命であるが、すでにはじまっている統制をみれば、さなきだに査定の強化によって発言の自由を失っている教師はもとより、一方では政治に関心をもたねばならないと説教されもする生徒たちも、およそ政治に、ひいては社会そのものに関わらないことが偏らない「正しい態度」だと学ぶことになるだろう。言うまでもなく、考えない、関わらないことは支配権力を支持するということと同義だ。文科省が大学の人文・社会・教育系の学部を縮小・再編しようとする目論見ももちろん、政治や社会を分析する批判的知性の育成を阻むところにひそんでいる。
 憂鬱なことに、テレビを代表とするマスメディアにも、批判的ジャーナリズムの「芽むしり仔撃ち」が進んでいる。過度の自粛、自主規制が働くようになった。無頼の反動を会長にいただくNHKはもう政府の御用機関みたいだ。その報道が、くわしすぎる災害報道とアスリートの活躍(それも日本人だけの!)に偏り、政治・社会・労働などのテーマでは、デモやストライキなどおよそ社会運動というものをまったく軽視している。民間放送は、例えばこの間の安保法問題に見る限り、安倍晋三が好んで出演するフジテレビなどを別にすれば、総じてはるかにましだった。しかし、大学の世界でも、私立の立教大学が安保法への抗議をふりかえるシンポジウム(10月25日)が「政治的である」との理由で講堂を貸さなかったのと同じように、公共部門での統制が、「民間」の、それこそがまさに「政治的」な追随の自粛を招くことは十分にある。ここでも、例えば体制批判のコメンテーターが登場できる余地は確実に狭まるだろう。この間、俳優たちの政治的発言が乏しいのも、おそらくテレビドラマに出演できる機会が狭まる、つまり「干される」のを怖れてのことであろう。

 多くの友人たちとともに、私にとって誇るべき日本とは、人権と非戦の現憲法のもと決して戦争をしない国のことである。憲法九条こそは、例えばトヨタの車やパナソニックのテレビやイチロー以上に私たちの国の輝くブランドなのだ。しかし、このような私の日本は、安倍晋三のもたらそうとする日本とは真逆のものであるゆえ、私たちには窮屈で不自由な、焦慮と鬱屈をまぬかれない時代がやってくる。あえてファシズムの足音が聞こえるともいえよう。
 この流れに抵抗するという立場に立つとき、この晩春から晩夏にかけて示された、組織の動員ではない個人としての政治参加は、光にともなうどのような影をもつだろうか。そして結局、どのような営みが要請されるだろうか。次のエッセイでは、そのあたりを考えてみたい。