こんな映画、文句なしにおもしろい!(2023年5月21日)

 おもしろい映画とは、物語の構想はユニーク、個性豊かな多様な登場人物の関係は複雑で緊迫感にあふれ、役者たちも魅力いっぱい、そして最後には、爽快感とともに忘れがたい感銘を残す作品の謂いである。たとえ「名画」でなくとも、私が偏愛するそんな映画は枚挙に暇がないが、今日はそのなかから、若い世代にはほとんど知られていない60年代のいくつかのアメリカ映画を任意に選んで紹介しよう。
 ひとつは、ジョージ・シートン監督・脚本の『36時間』(1964年)である。第二次大戦中の1944年、連合軍のノルマンディ上陸の詳細を連絡する使命をもつ米軍将校ジェフ(ジェームズ・ガーナー)が、リスボンでドイツ軍に襲われて記憶を失った。そして目覚めれば、すでに1950年、アメリカの陸軍病院で、精神科の軍医ウォルター(ロッド・テイラー)と、ナチスの収容所体験と性暴力のため一切の感情が凍ったままの看護師、記憶喪失期のジェフの妻と想定されているアンナ(エヴァ・マリー・セント)による記憶回復治療を受けている。2人はジェフの深層に潜むノルマンディ作戦の詳細を思いださせようと腐心している。病院内は総て英語、新聞もラジオも戦後のニュースである。だが、このすべては、連合軍のノルマンディ上陸の直前のこと。ナチスがジェフから作戦の完全な情報を得るための周到な虚構だったのだ。
 その後は、ある些細なことから虚構に気づいて脱出を計るジェフ、彼に心を開いてゆくアンナ、ジェフとの間に友情の絆を結び彼とアンナを助けようとする冷静なウォルター、彼の科学的アプローチを嗤いすぐにでも拷問に奔ろうとした品性下劣なナチス親衛隊将校の思惑が実に複雑に絡み合う緊迫の展開となる。結局、ウオルターの命を賭けた反ナチの抵抗に外部の協力もあって、ジェフとアンナは危うくスイスに逃れることができた。再会を約して2人が別れるとき、アンナの瞳にはじめて涙が光る・・・。キーパーソンたちの造型が鮮やかであるだけに、すべての経緯がすとんと胸に落ちる佳作である。

 もうひとつは、リチャード・ブルックス監督・脚本の『プロフェッショナル』(1966年)。メキシコ革命当時1917年頃のテキサス洲を舞台とする傑出した西部劇?である。
 メキシコ革命戦に破れた山賊ラザ(ジャック・バランス)一味に新妻マリア(クラウディア・カルディナーレ)を誘拐され身代金を要求されている油田もちの富裕なベラミーが、妻を取り戻そうと4人の戦争の専門家を雇う。知謀に長けたリコ(リー・マーヴィン)、弓の名人ジェイク(ウッディ・ストロード)、馬つかいのハンス(ロバート・ライアン)、そしてダイナマイト屋のビル(バート・ランカスター)である。
 曲折に満ちた細かい経緯は省略するけれど、4人はそれぞれのプロ性をいかんなく発揮して山塞を攻略し、首尾よくマリアを拉致し、ラザとなかまに追われながら帰途につく。しかし、その間、マリアは懸命に脱出を計る。実はマリアはもともとラザの恋人であり、奪ったのは実はベラミーだったのだ。4人は追いつめられて危機に瀕し、3人がともかく帰途を急ぐ一方、ビルが岩山を爆破して殿(しんがり)として1人追っ手と闘うことになる。ビルもかつてはメキシコ革命戦の参加者であり、ラザや部下たちとも旧知の間柄だった。銃撃のはざまに2人が交わす会話がなんともいい。今は無頼のビルはあの頃の生きがいを語り、ラザは「革命は女と同じだ、深くつきあえば淫売みたいだとわかる。しかしまた惚れる・・・」と見果てぬ革命の夢を語る。しかし結局、ビルは負傷したラザを馬に乗せてなかまのもとへ帰り着く。
 よろこんだベラミーは、多大の報酬を約束し、マリアを確保して、ラザをすぐに殺せと命じた。だが、ここが愉快だ。ビルをはじめ4人のプロは言う、「女を持ち主の元へ返す契約だった」と。無頼の男たちにとってマリアははじめて出会った「本当の女」」だったのだ。彼らは傷ついたラザを乗せたマリアの馬車をメキシコに向けて駆らせる。足を踏ん張って手綱を握るクラウディア・カルディナーレの表情の輝きがすてきである。

 さて、リチャード・ブルックス監督・脚本、バート・ランカスター主演といえば、どうしても名作『エルマ・ガントリー 魅せられた男』(1960年)を語りたくなる。
 アメリカの1920年代、陽気で雄弁な無頼のセールスマン、エルマ・ガントリー(バート・ランカスター)は、当時の信仰復興運動のキリスト教団の教祖シャロン(ジーン・シモンズ)にぞっこん惚れ込んだ。虚言を辞さない野放図な熱情と型破りの説教をもって彼は悩める大衆を魅了して、著名な牧師たちや新聞の妨害をはねのけて教団を大勢力に押し上げてゆく。ガントリーにはもともと信仰心はなく、彼をを突き動かすのは純粋に神の存在を信じるシャロンへの愛のみである。しかし結局。、いくつかのスキャンダルに見舞われたうえ、シャロンの夢の新教会の火災事故によってシャロンは死んでしまう。
 大筋ではこんな単純な物語(シンクレア・ルイス原作)ながら、この映画は、ガントリーの雄弁のうちに、たとえ神はなくとも、愛の祈りを核とする信仰は美しいということを、若い私の心に刻み込んだものだ。無頼の男が惚れ込んだものにひたすら身を投じる情熱の無償性と、それが潰えたときのさわやかな成熟を表現するバート・ランカスターは、言葉にできないほどの迫力だった。この監督もさることながら、これ以降、数え切れないほどの出演作をみたが、バート・ランカスターはいつもいつも存在感があって、私にとって大スターであり続けた。
 これら3つの作品、どこかで探してみてほしい。楽しめること請け合いである。権威づけるわけではないが、その年のアカデミー賞をみれば、『プロフェッショナル』では、監督賞、脚色賞、撮影賞でノミネート、『エルマ・ガントリー』では、作品賞でノミネート、脚色賞、主演男優賞、助演賞で堂々の受章だった。ついでにいうと、このとき助演賞のシャーリー・ジョーンズは、有名になったガントリーを強請ろうとする、かつて彼に誘惑されて捨てられた娼婦ルル役である。そのルルに対するガントリーの姿勢も、そこはかとなく彼の心意気を感じさせるのである。
 ときどきはこうした「おもしろい映画」を紹介したい。テーマをしぼって、例えば「鉄道もの」なら、J・フランケンハイマーの『大列車作戦』(1964、これもバート・ランカスター主演)と、トニー・スコット『アンストッパブル』(2011)などがすぐに思い浮かぶ。

その4 被差別者の自由
(2023年5月12日)

 労働問題の勉強のはじめから単純労働、分業と配置のありように深い関心を寄せていた私が、やがてこれらの議論に不可欠の位置を占める女性労働というものを研究対象のひとつとするようになったのは必然であった。とはいえ、研究初期の営みは、後に述べるように、伝統的な「3Mの領域」(man、manual、manufacturing)に限局された労働組合研究であって、本格的に女性労働の状況に取り組んだのは、前掲『職場史の修羅を生きて』所収の『歴史学研究』84年1月の論文「女性労働者の戦後」においてだった。歴史から文学に及ぶあらゆる知見を動員して懸命に執筆した記憶がある。そこで私は、「単純労働への緊縛、低賃金、短勤続という相互補強的な三位一体」および単純労働脱出の性別ルート(前項参照)を、女性労働のおかれた基本的枠組みと規定している。
 しかし、この構造に対する女性の主体的対応については、愛読していた森崎和江が、「女は『権力や支配力の外』にいて『不安なく遊べる状態』をのぞみ・・・『被害者の自由』をへそくりのように溜めています』と指摘していることに大きな影響を受けたと思う。未婚の{OL}であれパートタイマーであれ、私が昭和40年代以降の女性労働者のまずは屈託ない仕事観を<被差別者の自由>と規定したのは、上の森崎の鋭い指摘のいわば剽窃に近い表現にすぎない。
 日本企業において女性は仕事内容でも、賃金でも、雇用保障の実質でも、構造的に差別されている。だから企業や経営のことに責任を感じなくてもいい、そんな自由をもつのだという感覚。これは権力から疎外された者の小気味よい無責任であって、この規定にいささかも侮蔑もない。私は後年、一部のエリート女性に活躍の場をそれなりに用意する男女雇用機会均等法が成立し、能力主義管理の浸透する1993年に、あらためて「被差別者の自由――日本的能力主義と女性」という短い論文を書いている(『賃金と社会保障』1109号)。私は仕事に「後ろ向き」のこのスタンスを、むしろ欧米ブルーカラーも共有するようなノンエリートの思想として定立を試みたのである。
 この把握には多くの女性研究者から賛否両論の反応があった。なかには男の私には女性への侮蔑があるという本能的な反発もあった。しかし、この立場の限界または(正当にしても)その経過性を指摘するまっとうな批判もあった。ひとつは<被差別者の自由>論は、能力主義に背を向けてもそれに対抗する思想になり得ず、職場の性差別構造を撃つ実践性はないという批判、今ひとつは、これは結局、女性を職場から遠ざけ性別役割分業を承認させることになるという批判である。私も支援の陣営にあった住友三社の性差別告発の裁判闘争を担う論客、中島弁護士なども、そうした批判の論調であった。
 これらの点は、実は私自身、自覚するところであって、こうした批判は正当であった。私はむしろ、84年の論文でも、いったん企業の論理に外在的になったノンエリート女性性たちが、欧米のユニオニストのように連帯して、例えば家事一切を免除される男の働きぶりを基準とする能力主義を昔日のものとするような仕事の編成に乗り出す、そんなことを展望していたのである。この展望はなお夢想のままであるかぎり、<被差別者の自由>の概念は死に絶えてよい。だが、現時点において多様な非正規雇用の女性労働者が企業の内部にまで攻め上るとき、彼女らはひっきょう思想としての企業外在性を自覚するはずである。

その3 分業の構造と受容 
(2023年5月2日)

 <強制された自発性>の概念化は80年代のことであるが、このような把握の由来を回顧すると、研究史初期の60~70年代以来の私の大きな関心分野であった単純労働論と分業論にさかのぼることに、いま気づく。分析の方法意識の枠を超えた初期の研究内容に立ち入ることになるけれど、系論として、若い日に確信したことをふりかえってみよう。
 60年代に労働問題の勉強をはじめた私の目に映じた衝撃的な現実は、高度経済成長下の日本の職場に広く普及していた膨大な密度高い単純労働であった。どのような機会にそれぞれの職場の現実にふれたのかもう思い出せないけれど、例えば、東芝の汎用モーター工場の巻線・組線職場、総理府統計局のキー・パンチャー室、電電公社の「104番」電話番号案内作業場・・・などでは、大きな建屋の中でずらりと並んだたくさんの若い女性たちが、脇目もふらず一心にそうした手作業をしていた。少し後に、私は懸命に学んだC・ウォーカー、R・ブラウナーなど英米の労働社会学の自動車組立工――assembler 機械製作の熟練仕上工fitterとは区別される非熟練工――の細かい分析などを参考にして、単純労働を、作業方法、作業時間などの裁量権をもたず、機械と労務管理に命じられるまま作業する労働者と定義した。その定義はともあれ、私には単純労働は、日々息つく暇もないほどにゆとりがないばかりか、長く続けてゆくにはつらすぎる仕事であるように感じられた。当時、このような仕事はどれほど多かったことだろう。そして高度経済成長下の日本は、賃金水準は改善できても、こうした単純労働の要請を決して否定できないと私は確信したのである。だが、それにしても、彼ら、彼女らは、なぜこのような資本に求められるしんどい労働を、引き受けてくれるのだろうか?
 一方、私はそのころ、師匠のひとりである科学史家・中岡哲郎から決定的に大切なひとつの認識を教えられた。それは、生産と情報処理のシステムの一角が高度にオートメーション化されても、産業社会は、そのオートメーションの効率性を活かせるために、さまざまの単純労働の担い手をいっそう必要とするということである。例えば自動車のエンジンの穴開け作業がオートメ化されれば、その作業のスピードに対応するためには、以前よりも多くの単純作業のアッセンブラーが求められるいうわけである。形成される全体の分業構造は、そしてやはり、基本的には労働「やりがいの度合い」において上に薄く下に厚いピラミッド型、小池和男の穏健な表現では「将棋の駒型」であった。
 膨大な単純労働の現存とシステムのなかの多様な労働の分布をみる必要性。このふたつは私を分業の論理とその安定性への考察に向かわせる。およそ権力の求める産業社会の秩序は、分業体制の安定的な秩序維持なくしては覚束ない。近現代の権力のニーズは、それゆえ、とくに単純労働を中心とする下位労働の就業に「ふさわしい」とみなす人びと、すなわち、そうした就業を「叛乱」なく引き受けてくれる人びとを見いだすことにほかならない。では、それはどのような人びとか。大きくふたつの属性があると思う。
 ①長年の貧困や失業の体験、高度な仕事のまったき無経験などによって、就業さえで きれば仕事の内容はさして重要ではないと考える、またはそう考えさせられる人びと。 わかりやすく現時点の日本を念頭において具体的に挙例すれば、それはノンエリート の女性たち、非正規体験の続いた求職者、低学歴者、定年後再就業の高齢者、技能修 習などの外国人労働者・・・である。
 ②下位職務の遂行がただ経過的なものと意識している人びと
こうした単純労働の分析や分業の把握は、初期1976年の『労働者管理の草の根』(日本評論社、1976年)所収の「労働単純化の論理と現実」、「労働意識の背景」、「労働疎外論の今日」などの諸論文に明瞭である。そして私はあらためて、後期2000年の『女性労働と企業社会』(岩波新書)三章のなかで、この分業と配置の構造を定式的に述べている。もちろん、分業の安定的維持を支える労働者の下位職務への就業が<強制された自発性>の選択以外ではないことはいうまでもない。そのうえで上の①と②についてもう少し述べておく。
 まず②について語れば、続けてゆくにはつらすぎる単純労働・下位職務の遂行者は数多いが、労働者はそれを職業生活の一経過点として上位職務に「脱出」できれば耐えることができるかもしれない。ではどのように脱出するのか。これまでのところ、男性は年功制のもと昇進によって「上に」、それが難しい女性は結婚・出産退職によって家庭に、つまり「横に」脱出してきたのである。しかし②の脱出の選択は、とくに現時点では、①にあげた恵まれない就業者の群像には、利用できない場合のほうが多いだろう。彼ら、彼女らは、「脱出」といっても同種の仕事を強いられる別の職場への脱出であって、貧困の強制を逃れられず、わずかでも稼げることを恩恵として、その点だけでは自発的に労苦に耐え続けるのだ。私たちは農業、工場、建設現場、大量販売店、ファストフッド・・・で、どれほど多くの密度高く身体が疲れる、拘束的な単純作業者、コールワーカー、店員、警備員、配送係の低賃金労働者の群像を眼にすることだろう。非正規雇用から逃れられない低学歴の女性たち、フリーターやアルバイト、乏しい年金収入を補うために働く高齢者、そしてベトナム人やネパール人である。
 社会の歴史的変化によって、こうした群像が下位職務の受容を拒むようになるという心の踊る可能性はある。たとえば女性のジェンダー規範からの離脱、非正規雇用者のユニオニズムの台頭、外国人労働者の権利擁護などがあれば、分業秩序に対する異議申し立てが起こりえよう。1972年、アメリカはオハイオ州ローズタウンのGMペガ工場では、単純で他律的なコンベア作業の労働者7800人が「(賃金ではなく)このような内容の仕事はいやだ」と山猫ストに入ったものだ。若い日にその報にふれたときの大きな感動は忘れられない。このような「叛乱」こそは資本制社会を根底から変革する思想と行動にほかならないと感じたのだ。以来半世紀にわたって、私は現代の日本でのそのような萌芽を求め続けている。
とはいえ、さしあたり、資本主義の産業社会の分業構造は、それぞれの階梯の職位に「ふさわしい」とされる人がはめ込まれた巨大な階層社会のパノラマとして現れている。既存の「社会主義国」においても状況は同様であろう。いや自由な労働組合活動が許されない「社会主義国」の職場では、この階層社性はいっそうはばかりないかもしれない。いずれにせよ、その産業を代表する陽の当たる職務だけに注目して、基幹と補助、中心と周辺の仕事の相互依存性に注目しない、すなわち「パノラマ」をみない労働研究を私は軽くみる。私には、職場にあるすべての仕事について、就業者の正規・非正規別、性別、年齢別、人種別などの属性を把握できれば、職場の分析は半分は終えているように思われる。

その2 強制された自発性
(2023年4月25日)

 個人の受難を凝視することは、労働者個人を体制の論理に従わされるだけのまったき受動的な存在と把握することでは決してない。労働者は、抗いがたい資本制企業の要請を受諾するにしても、そのとき、例えば自分や家族の生活のためにはこの従属の選択もやむをえなかったのだ、それでよかったのだという、なんらかの主体性の自覚をわがものとする。人は支配や従属にうちのめされたままでは元気にやってゆくことはできないからだ。それに、そもそも制度的には奴隷でない「自由な」労働者の資本の要請の受容は、近代社会の建前としては自発的なのである。 
 だが、例えば、過労死するまでの過重労働、不安定な非正規雇用、仕事自体は「くそおもしろくない」底辺労働への就業などが、偽りなき自発的選択でないことはいうまでもない。それは資本の論理にもとづく労務管理や分業構造が特定の労働者に強制したありようである。「選択の自由」はしばしば空語であろう。その選択をあくまで「自己責任」とするのは体制側のイデオロギーにほかならない。にもかかわらず、労働者のマンタリ(心情)は、その強制に、あえて自分なりの自発的選択の要素をはりつける。それはある意味で悲しくも切実な労働者のアイデンティティの求めではあれ、そう考えるほかないのだ。私が、研究史中期に、日本の労働者のものの考え方という意味での文化を、「一定の職場状況が労働者に強いる生きざまへの、自発的な投企」(『職場史の修羅を生きて――再論 日本の労働者像)(筑摩書房、1986年)と「あとがき」に規定した所以である。それ以降、「強制された自発性」は、私の労働研究を代表するタームとなった。このマンタリテがどれほど日本に独自的であるかについては、確答に自信はないけれど、ひとつ忘れられない記憶はある、
 1989年、私は日本の労務管理が外国人労働者にどれほど通用するんのかをさぐる『日本的経営の明暗』)(筑摩書房)を刊行する。その研究の過程で、アメリカのマツダのフラット・ロック工場の労働者の状況を描くFucini夫妻のWoking for the Japaneseという興味ぶかい本を繙いたが、そのなかにこんなエピソードがある。
 マツダは従業員に着用が義務づけられているつなぎの作業服と、着用は自由なロゴ入りの野球帽を配布したところ、労働者は野球帽のほうはほとんど被らなかった。そこで日本人管理者がなぜ被らないのかと咎めると、労働者たちは、野球帽の着用は自由のはずだと答えた。管理者はそこで、あなた方にマツダを愛する気があるなら自然に被りたいと思うはずだと追及した。すると組合役員は、「会社が野球帽を被れと命令するなら、それは管理者の立場としていちおうありうるだろう、しかしわれわれに野球帽を自発的に被りたくなれと命令するな」と返したたという。その他の例、例えば命令と自発的遂行の区別が曖昧な清掃業務なども勘案して、アメリカの労働者は、結局、「日本人は強制と自発の区別がついてないのではないか」と断じたのである。たかが野球帽、されど野球帽というべきか。このヤンキーの姿勢に私は深く感じるところがあった。
 閑話休題。<強制された自発性>という把握は、研究史後期、『働きすぎに斃れて――過労死・過労自殺の語る労働史』(岩波書店、2010年)の刊行に向けて、死に到るまでの多くの労働者の日々の軌跡をきわめて具体的に辿ったとき、あらためてこの把握の有効性と不可欠性を自覚したものである。以上では大まかに述べたが、もちろん、問題によって(過労死の場合には事例によって)、また、経営のニーズの緊迫度を規定する局面によって、強制と自発の相対的な役割の大きさが異なるのは当然であろう。例えば2000年代以降にいっそう頻発するようになった過労自殺の多くの事例では、受難の若者たちの多くは強制か自発かを区別する自己認識のゆとりも失い、憑かれたように死に導かれてしまうという印象である。
 熊沢過労死論の<強制された自発性>は、この分野の先駆者たる川人博や森岡孝二からも高く評価された方法論だった。もっとも、かけがえのない人の死にもいくばくかの「自発性」を認めるこの把握は、過労死遺族の会の一角には、一定の反発もあったようである。しかし、愛する人はただただ強制的に死に追い込まれたのだと遺族が受け止めるのも、遺族の立場としてはよく理解することはできる。

社会科学の三冊(2023年5月1日)

 最近では私の読書も新書や小説が多く、率直にいって社会科学や歴史の専門書を精読することはあまりない。それでもこの2月から4月にかけては、私にとって次の三冊ほどが、情報において貴重、社会や歴史の認識について示唆的だった。本当は読後にすぐ、くわしい内容検討をふくむ批評めいたものを記すべきかもしれないけれど、退役の研究者でたんに読書人の気軽さで、以下、思い出すままに簡単な紹介を試み、いくらかの感想を記したい。。
 
(1)マイケル・リンド<寺下滝郎ほか訳>
『新しい階級闘争――大都市エリートから民主主義を守る』東洋経済新報社、2022年

 この書は、荒削りながら、現在のアメリカや西欧諸国に顕在化している階級闘争を規定している基本的な対立軸というものを明示している。それは、かつてのような<資本家対労働者>ではなく、<大都市で働く高学歴の管理者・経営者や専門技術者からなるテクノクラート新自由主義者の上流階級(インサイダーのエリート>と、<土着の国民と移民からなる大多数の労働者階級(アウトサイダー)>の断絶と対立である。そしてアトム化して政治・経済・文化の諸領域において発言の場を失った下層の労働者階級は、カリスマ的なデマゴーグの扇動に靡く右派ポピュリズムの台頭に棹さしていると著者はいう。
 リンドのいう断絶と対立の基本軸の把握は十分に了解できる。トランプ大統領の登場以来のアメリカの世論に感じてきたわかりにくさが、この把握で解けた思いがする。リンドはまた、サンダース支持の高まり、1対99を拒むウォール街のオキュパイ運動、ブラック・マターズ、Me Tooなどの果敢な大デモなど、知的な若者たちをふくむ、従来の選挙中心の政治活動の枠にはまらない左派ラディカリズムの台頭も見つめている。
 リンドはしかし、反テクノクラートの双生児のような右派ポピュリズムと左派ラディカリズムをわかつ基準を語らず、これらはともに、あらゆる新自由主義的権力を行使しうるテクノクラート・インサイダーを無力化することはひっきょうできないとみているようだ。そこで真の民主主議のための拮抗力としてリンドが唱えるのは、新自由主義の進行が衰退させたところの、それまでは市民や労働者階級を守ってきた労働組合、宗教団体、地域政党、市民団体などの再確立、つまり「民主的多元主義」の再生である。一見すれば伝統的で穏健なこのオルタナティヴの提示を、それでも私はやはりつよく支持する。私なりの表現では、それは 産業民主主議の復権にほかならない。近年のアメリカやイギリスにおける大規模なストライキにみる労働運動の再活性化の息吹きは、労働組合のような典型的な多元的帰属集団がなお庶民の自治と抵抗のよすがになる可能性を示している。

(2)吉見義明『草の根のファッシズム――日本民衆の戦争体験』岩波現代文庫、2022年
原著は、日本帝国が侵略したアジア諸国での日本軍兵士の膨大な戦争体験記を読み込み、微妙な心の揺らぎをふくみもって陰影ふかい民衆の戦争意識を凝視した1987年の名著。日本人のすべてが記憶に刻むべき、それはまことに敬服すべき周到な考察である。
 ただ私がメインタイトルに期待したことは、実利の点からときに離反の志向を示したとはいえ総じて天皇制ファッシズムに帰依し、侵略戦争に加担した戦場および銃後の民衆の意識形成に、天皇制の「四民平等」という建前(いわゆる民衆向けの「顕教」)がどのような役割を果たしたのか、あるいはさして役割を果たさなかったのかの分析であった。例えばナチズムは「国家社会主義」として国民の平等処遇と生活向上を建前とした。では天皇制下の日本ファッシズムは、どこに民衆を内的に鼓舞できる独自性があったのだろうか。「平和日本」でも、天皇制はかたちを変えて民衆の敬愛の対象であり続けているだけに、そのあたりの深掘りが吉見の著書に対する、いわば「ないものねだり」なのである。

(3)三吉勉
『個別化する現代日本企業の雇用関係――進化する企業と労働組合の対応』 ミネルヴァ書房、2023年

 著者・三吉勉は、民間電機会社の技術者、企業内労組専従役員の経歴をもつ68年生まれの研究者である。三吉はまず、現代日本では、労働者の仕事態様や労働条件が、グローバルな動向とくらべても、際立って、個別企業ごとに、ひいては個人別に決定されている。つまり<労働>のありかたが徹底して個別化していると言う。その環境のもとで、では、もともと集団的・統一的な規制を旨としてきた労働組合は、どのような役割を果たしうるのかと著者は問う。そのうえで、三吉は、おそらく自分自身が所属したA社・A労働組合を実証研究の舞台として、労働を個別化させる生産・労務管理と、労働組合の対応をくわしく説明する。内容は多岐にわたるが、私なりに単純化して要点を紹介すると、例えば次のようである。
 ①「個人別の仕事を決定するルール」では、上からはPDCA(計画・実行・チェク・改善活動)における企業レベルから職場レベルへのブレークダウン、横からは目標面接におけるチャレンジ促進的な業務目標設定を通じて、個人の日々の業務割当てにまで及ぶ。
 ②実績評価の比率を極度に高めつつある賃金の増減には、目標面接で設定された個人業務目標の達成度の査定が大きく影響する。
 ③企業別組合は、上の基本的に経営主導的なPDCAを大きく変更させることはないが、経営の各級レベルにおかれた労使協議の場で発言し、部分的にはささやかな修正をさせることもある。
 仕事内容や労働条件の<個人処遇化>は、『能力主義と企業社会』(岩波新書、1997年)を刊行した頃から長年にわたる私の問題意識でもあった。それゆえ、三吉の視角とテーマ設定に私は満腔の賛意を表したい。この環境下で見失われがちな企業別組合の役割を探ること、それはいわば労働研究の未踏の分野だった。そう、私もそこが知りたかったのだ。これほどに問題意識とテーマに惹かれて繙いた労働研究書も少ない。それが一般にはなじみにくいこの書をあえて推す理由である。
 しかしながら、忌憚なく言って、読後、これほど失望した書物も少ない。過剰な概念操作や文章の生硬さはさておいても、いくつかの理由がある。なによりも、これは基本的に制度の説明であって、確かにうなずかせる生なましい実態の解明には達していない。著者はPDCAのブレークダウンの現場にも、労使交渉のテーブルにもいたはずである。そんな場での、具体的な製品や数値を示す実例を知りたかった。また、著者も従業員にチャレンジ精神を求める目標面接の体験をもつはずだ。演劇のト書きほどでなくとも、そこで上司との間でどんな会話がなされたかも知りたい。さらに、組合の発言によってルールの運用がどう変わったかの記述は、法令が厳しい労働時間については比較的具体的であれ、ほかは全編を通じて、わかったのは査定結果による賃金ランク降級の部分的是正と、ある職場での一人の要員増を数えるにすぎない。皮肉な言い方だが、記述の抽象性は、PDCAにも、まして目標面接には、組合規制がほとんど及んでいない証拠のように思われる。
 こうして、どうしても外在的な批判に導かれてゆく。思うに分析がこうなったのは、三吉をふくむ企業別組合の幹部たちが、A社のニーズを内面化し、その生産と労務の施策に労働者処遇の不当性をほとんど感じていないからであろう。過労死や過度の残業やハラスメントなどはここでは皆無であるかにみえる。三吉の組合機能観は、それゆえ、組合の承認した経営施策への、コミュニケーションを通じての労働者の「納得」の取り付けである。この「納得」獲得の努力は、基幹正社員の能力向上とキャリアー・アップの欲求にも応えるものとされている。今日、日本の企業社会に不可欠の、総じて未組織の非正規労働者が、この大団円の世界の外にあることはいうまでもない。PDCAの外部は、企業別組合とは無縁なのである。
 もしかすると、、三吉勉もこんなことはすべてわかっていて、内心では分析はなお具体性を欠き、企業別組合はその名に値する組合機能を果たていないと思っているのではないか。ふとそう思われもする。しかし美吉は、より具体的な個別事例を活字にすることをおそらくA社やA組合に禁じられ、あるいはみずからもその非公開性に納得して、折角のテーマをめぐる考察を、このような制度論に留めたのだのではないか。もっとも、企業の内部情報・個人情報の開示を不可欠とするこのテーマを私が期待するほどに具体的・数値的に分析することは、企業社会に「革命」でもない限りできないかもしれない。そう考えると、誰の探索によるものであっても、この枢要の問題領域の立ち入った研究はさしあたり難しいと予測されて、絶望的な思いにとらわれてしまう。

  なお、この春に読んだ社会・人文関係書では、以上のほか、川端康雄『ジョージ・オーウェル――「人間らしさへの賛歌」』(岩波新書)と小泉悠『ウクライナ戦争』(ちくま新書)が、プロの力量を見せつけておもしろかった。また、後半の理論篇が未完成の印象はまぬかれないが、前半で著者が過酷な障害者差別とそれに対する闘いの半生を率直に語る高見元博『重度精神障害を生きる――精神病とは何だったのか 僕のケースで考える』(批評社)を、真摯な良書として推したい。