その11 賀状の心象風景

 老化現象のひとつだろうか、この頃なにかにつけて、これまでの軌跡をふりかえるようになった。まず思い立ったのは、1987年以来の慣行としてきた賀状に引用する俳句の再現である。多くの友人たちにとってとくに関心を引くことではあるまいが、それらは私なりの心象風景はよく表す。80年代半ば以降の日本社会の情況を総じて「寒い」、北風が吹く・・・などと感じながら、そのなかでなお、自分はどのようにありたいか、なにを願うかを問う、そんな心象が仮託されている。加藤楸邨、中村草田男、西東三鬼、富安風生、橋本多佳子、細見綾子などの句が多い。俳句という日本文化の可能性に目を拓かれる、いずれも味読に値する作品だと思う。

賀状に引用した俳句

1987 きびきびと万物寒に入りにけり    富安風生
1988 凍土行く生きものの耳我も立て   むらこしかせき
1989 くれないの色をみている寒さかな   細見綾子
1990 冬霧ゆく船笛やわが在るところ   橋本多佳子
1991 (年賀欠礼)
1992 四囲の音聴きすますとき冬深く   加藤楸邨
1993 北風に牛角を低くして進む       西東三鬼
1994 枯野行き橋渡りまた枯野行く      富安風生
1995 明日ありやあり外套のボロちぎる  秋元不死男
1996 焚火かなし消えんとすれば育てられ   高浜虚子
1997 北風に言葉うばはれ麦踏めり     加藤楸邨
1998 道の上冬の日向へ出るところ     中村草田男
1999 雪の下短かき歌をくり返す       細見綾子
2000 赤きもの甘きもの恋ひ枯野行く   中村草田男
2001 チンドン屋枯野といへど足をどる   加藤楸邨
2002 いまありし日を風花の中に探す     橋本多佳子
2003 冬草のむらさき極む耐ゆるさま   前田青邨
2004 大艦をうつかもめあり冬の海    飯田蛇忽
2005 世のさむさいひ昂りつ言吃る    加藤楸邨
2006 吹雪すら木の沈黙をうばふなし   加藤楸邨
2007 孤児の独楽立つ大寒の硬き地に   西東三鬼
2008 息白く妻が問うよく寐ねしやと     日野草城
2009 元日やゆくへもしらぬ風の音    渡邉水巴
2010 枯蔓に引かれじとする力かな      富安風生
2011 わが歩む落葉の音のあるばかり    杉田久女
2012 寒波急日本は細くなりしまま     阿波野青畝
2013 しんしんと寒さが楽し歩みゆく      星野立子
2014 大寒の街に無数の拳ゆく       西東三鬼
2015 いくさよあるな麦生に銀貨天降るとも  中村草田男
2016 人が焚く火の色や野の隅々に     西東三鬼

 90年の多佳子、96年の虚子、99年の綾子、07年の三鬼--これは退職後、友人の多い関西を離れ、故郷の三重県に移った翌年のものだ--など、とくに好きな俳句だが、あえて一つを選ぶなら、2001年の楸邨作が秀逸である。
  チンドン屋枯れ野といへど足をどる
 寄りつく人が少なくても職人として懸命に働く、その孤独と矜持が痛いほど伝わってくる。では、2017年には、なにを選ぶべきか。仮決定しているのは、能楽師の家に生まれた病弱の俳人、松本たかしの
  夢に舞う能美しや冬籠
である。 多分、来年からは私も冬籠りみたいなものという思いから傾いた選択ながら、研究生活終期の私には少しオーバーな感じのうえ、美しすぎていくらか気恥ずかしくためらいもする。ちなみにここ2年ほど選ぼうかと迷っているのは、中村草田男1938年のすさまじい作品
  軍国の冬狂院は唱に満つ
であるけれど、現時点ではまだ早すぎるかなぁとも思う。しかしそう言えるだろうか。この句がぴったりとくるような時代、ふたたびなからんことを!