その13官民ファンド「クールジャパン機構」への女性派遣労働者の提訴
―セクハラ、組合つぶし、非正規契約カットをめぐって

 マスメディアの紙面や映像がオリンピックでの日本選手のメダル獲得に埋めつくされて詳細な報道に恵まれていないけれど、2月なかば、東京地裁にひとつの意義深い損害賠償提訴がなされた。被告は、アニメやファッション、日本食などの日本文化を海外に売り込む官民ファンド「クールジャパン機構」と、機構の専務および当時そこへ出向していた復興庁のキャリア官僚。原告は派遣契約を切られた20代の女性派遣社員(仮称Aさん、以下敬称略)である。
 Aは15年1月以来、これまで20回近くも派遣契約を更新されて、文書作成や出張手配の業務に携わってきた。だが、16年7月、Aは3人の同僚とともに、カラオケ店での懇親会によばれてある籤を引かされる。その籤はなんと、中央官庁からの出向者をふくむ機構幹部とのワインディナーや映画観賞などのデート、また「手作りのプレゼント」を女性派遣社員たちに割り当てるものだった。後日、専務から誰がどの籤を引いたかの確認と日程調整の問い合わせがあったという。密室での集いに違和感を覚えたとはいえ上司の誘いは拒めなかった彼女らも、この紛れもない供応への狩り出しは、派遣社員などどうにでもなると想定した機構によるセクハラにほかならないと鋭く反発し、社内のセクハラ相談窓口に訴える。その結果、デートなどの実行は控えられたが、「窓口」も専務もこんなのセクハラじゃないという対応であった。出向のキャリア官僚はほどなく官庁に戻る。ちなみに彼は2015年から、女性社員の身体にさわるセクハラの常習を指摘されていた。
 この事件は、予想される女性たちの泣き寝入りではない、異例の展開となる。Aらは、セクハラの再発防止や派遣社員の差別克服のために労働組合を結成したのだ。機構はそれに対し、10月下旬、人材派遣会社を通じて、Aに11月1日以降の出勤停止を伝え、11月末の派遣契約の更新を拒否する。その事由は、機構がもつ個人情報をAが委員長の労働組合が業務外で広報に利用したというものであったけれど、私見ではそれが誰にも適用されるどのような社内規定違反にもとづくのかは疑わしい。それはまぎれもなくセクハラ隠しの不当労働行為であった。興味深いことに、派遣会社ははじめは、一方的な契約更新拒否であるとして、かわりに人材を派遣せよという機構の求めを拒んでいたという。しかしほどなく、派遣会社は機構側の擁護に転じている。
 一方、機構は法廷への提訴に傾くAに対して、提訴をやめることを条件にさまざまの「和解」を画策している。推測すれば、和解提案のなかには金銭解決や労組承認や再契約の申し出が含まれていたかもしれない。機構側にしてみれば、提訴されることはたまらなくいやなことだっただろう。だが、結局、Aは派遣社員の人格を踏みにじる機構の体質を社会的に明らかにする途に踏み出したのだ。こうしてAは2018年2月13日、セクハラ、不当労働行為、一方的契約破棄などに対する計2000万円の賠償請求を求めたのである。

 この文章は、早くから本件に深い関心を寄せてきた共同通信社の配信による、Aの提訴に到る経過をもっともくわしく伝える『静岡新聞』と『愛媛新聞』(2月16日付)にもとづく。事実そのものはこの記事の限りで書いている。だが、「私見」や「推測」とした部分もほぼ間違いはあるまい。私はAを個人的には知らず、訴状もまだ読んでいない。しかしふりかえれば、財界人やキャリア官僚のつくるクールジャパン機構VSひとりの女性派遣労働者というのは、圧倒的に非対称的な関係であろう。そのなかで、女性派遣労働者などどうにでもなるとみなす機構の傲慢な通念が、セクハラやその告発を隠すための組合つぶしの不要労働行為、ひいては個々の派遣切りを、よくあること、どうせたいしたことにはならないと感じさせ、ついにAの提訴を招いたのだ。もちろん派遣労働者には「たいしたことではない」ことは断じてない。思い通りにならずここまで辿ってきた、Aのおそらくは重い心労に屈しない勇気が心をうつ。裁判の過程は機構の諸々の偏った思い込みや、派遣労働者の人格蹂躙や、キャリア官僚をふくむ機構幹部の狡猾--若い女性とデートがしたければ、断られる恥ずかしさも覚悟して、個人として誘えばいいのだ!--を明らかにするだろう。女性派遣労働者に対する政財界の差別的な処遇を白日の下にさらす、それはまことに意義深い営みということができよう。巨象に対する蟻の抗いにも似たこの裁判闘争を見守り、Aを孤立させないための、できる限り広範な支援を呼びかけたいと思う。