春闘はどこへいったのか? 非正規春闘に注目せよ(2024年4月20日)

 2024春闘はどうなったのか? 周知のように政府にも経団連にも言祝がれて大企業では満額回答、そればかりか組合要求以上の回答も相次いだ。4月18日の連合のまとめでは、3283企業の平均賃上げは定昇こみで5.20%、そのうちのベースアップ分はわかる企業の範囲では3.57%という。ストライキはもとよりなんらの紛争もないすんなりした収束であった。なんのことはない、大企業の「支払能力」は十分にあったのだ。もともと「5%以上」という連合の要求そのものが企業への配慮に満ちて低すぎたのである。
 賃上げは組合員300人以上の1160社での5.28%に対して300人未満の2123社では4.75%である(以上、朝日新聞24.4.19)。中小企業の賃上げこそは現下の枢要の問題だが、そのためには、中小企業が人件費や材料費の上昇を大企業との取引価格に転嫁できなければならない。だが、いかにその必要性を政府が語ろうとも、元請けの親企業も、卸売業界も、そしてあえていえば消費者も、その転嫁、つまり製品・サービスの価格上昇を忌避し拒否する。人不足が死活問題になるまでに深刻化しないかぎり、中小企業での大企業並みの賃上げが難しいことは否定できないだろう。結局、24春闘の結果、企業規模別賃金格差は確実に拡大すると思われる。
 では、労働者の4割近くを占め、累積する貧困者の中核をなす非正規労働者についてはどうか。大企業では、たとえ正社員組合であっても、今回は常用パートや嘱託職員はしかるべき賃上げを享受できよう。けれども、企業と直接の雇用関係がないとされる派遣労働者や臨時アルバイト、「自営」扱いのギグワーカーなどはその限りでない。それになによりも、未組織の非正規労働者の大群はさしあたり公式の春闘とは無縁のままなのである。

 首都圏を中心にいくつかのコミュニティユニオン(CU)が協同する非正規春闘にこそ、私たちは注目すべきである。総合サポートユニオン共同代表・青木耕太郎の丁寧なレポート(『POSSE』56号:24年3月)を紹介しよう。それによれば、23年冬に発足した「非正規春闘実行委員会」には、全国16の個人加盟ユニオンが参加し、約300名の労働者が勤務先の36社に対して1律10%の賃上げを求めて団体交渉を行った。各地の非正規労働者の相談に根ざした行動であり、経団連前の街頭行動やストライキも展開された。その結果、靴のABCマート(パート5000人)では6%、アマゾン倉庫の派遣労働者には約4.3%、トンカツのかつやの都内店舗では8.9%(時給100円増)。スシローでは都内店舗で17%(時給200円増)の賃上げが獲得されている。私たちになじみのこうした店舗や作業場において低賃金で劣悪な労働条件のなか汗ばんで働く膨大な非正規労働者たち。その実像をわずかながら知る私は、彼ら、彼女ら自身の切実な行動による、未曾有の、しかし一般的にはあまりにささやかにみえる達成のもつ意味を心に留める。
 そして今春、非正規春闘は、要求を①非正規労働者の10%以上の賃上げ、②正規・非正規雇用者の均等待遇(同一価値労働同一賃金)、③全国一律最低賃金1500円の実現と定めた。関西のいくつかCUや生協労連なども加わり、非正規春闘実行委員会の参加も23労組、約23万人に、交渉先企業も約120社、従業員総数で30万人ほどにまで増えた。宮城県では、みやぎ青年ユニオンが、仙台けやきユニオン、関西では、なかまユニオンなど4つのCUが実行委員会を形成し、関係企業への交渉をはじめ、街頭宣伝行動や地元経済界への申し入れを試みている。業種別共闘の動きもある。私学非正規教員たちは「私学非正規春闘」に着手し、広尾学園では8%の賃上げを達成した。介護労働者も「介護春闘」をはじめ、介護3法人に対して賃上げ要求を提出し、月7万円の賃上げが可能になる財政措置を求めて厚労省要請も試みている。
 大企業での集中回答日の3月15日、実行委員会は「非正規春闘集中ストライキ」を企画し、その日、学習塾の市進ホールディングス、総合スーパーのベイシア、あきんどスシロー、英会話教室のGabaの4社に対してストライキおよび社前行動を実施した(朝日新聞24.3.14)。3月末にかけては15社以上でストライキを実施し賃上げを迫るという・・・。
 こうした闘いの結果は、POSSE66号発刊の時点ではなお不明ではあれ、スムーズに大きな成果が得られると期待することはできないだろう。なお青木は、マスコミは首都圏や地元では非正規春闘に高い関心を寄せたと記しているが、多くの地方では労働運動によるスシローでの賃上げなどあまり報道されていない。ちなみに政財界は中小企業での賃上げを可能にする取引価格への転嫁の必要性を口にするけれど、生コンの標準価格を設定して中小生コン企業の支払を確保しようとした全国建設・運輸連帯労働組合・関西生コン支部を理不尽な刑事弾圧にさらしている。この未曾有の組合弾圧事件を関西以外の地域ではまったく報道しないマスメディアの労使関係のリアルに対する鈍感さは、非正規春闘の場合も同じである。ABCマートの非正規労働者――どれほど多くのなかまがいることだろう――の賃上げは、その意義においてトヨタ社員の賃上げと少なくとも等価なのである。 
 好個の文献、青木レポートは最後に、「25年春闘以降は、非正規労働者の賃上げ相場をつくること」をめざしたい、その際、「非正規公務員やケア労働者などがそのカギになるのではないか」と書いている。そのとおりである。青木も自覚しているように、非正規春闘の担い手たちの勢力もその影響力もなおきわめて限られたものに留まっている。それだけにいっそう大きな質量を秘めた結集を期待したい。
 このところ非正規労働者に焦点を据えたいくつかの書物の刊行が盛んである。精粗はさまざまであるが、労働現場の実態把握は統計数値で済ませ、改善策は法的・行政的方途の提唱で終わる叙述も少ないように感じられもする。労使関係の視点が稀薄なのだ。そんななか、これまで異議申し立てを忘れていた若者たち自身が、労働の日々の鬱屈を顧みて、ストライキやボイコットや街頭行動のような、直接行動をふくむ労働組合運動をはじめることの意義ははかりしれない。ここに私は、日本では長らく不毛のままであった産業内行動・産業民主主義の再生の芽生えをみる。