春立つ日の結婚記念日に (2024年3月25日)

 3月17日~18日、伊勢志摩に遊ぶ。国指定重要無形民俗文化財となっている安乗の人形芝居(浄瑠璃)観賞と、安乗ふぐ、的矢牡蠣のコース、賢島宝生苑での伊勢エビやアワビの懐石コースの味覚を中心にした実にゆったりしたツアーだった。神社の境内で上演される人形芝居は、ヒロインたちの微妙な表情も微細な手指の動きもみごとに表現して、八百屋お七が恋のため御法度の火の見櫓の半鐘をうつ狂乱(伊達娘恋緋鹿子)も、実の娘と知りながら巡礼おつるを突き放すほかない母・お弓の嫋嫋たる悲しみの悶え(傾城阿波の鳴門)も、心に沁みる。本当に得がたい体験だった。
 しかしそれはともかく、神社から登って半キロの、「喜びも悲しみも幾年月」で有名な安乗灯台に妻・滋子は疲れて同行できなかった。3月20日にも、名古屋の労働会館で行われた「関西生コン労働組合つぶしの弾圧を許さない東海の会」主催の「学習と交流のつどい」にも、妻ははじめて同行せず休息をとった。なぜこんなことをわざわざ書くかというと、私たちはこれまで、ひとりで行くといぶかしがられるほど、どこへ行くのも一緒だったからだ。
 この2月から、妻は不整脈・心房細動が続き、肝臓機能指標の数値が上昇するなど体調が不良だった。息切れ、めまい、むくみなど目立った症状はないけれど、疲れやすく、長距離や早足の歩きができなくなった。私につかまってゆっくり歩く。海鮮グルメはともかく総じて食欲不振もある。3月21日には、ふたりして電動アシスト自転車でかかりつけの医院の紹介状を受けとり、そのまま桑名の医療センター(KMC)の循環器内科に赴いた。午前9時に受付け、血液採取、レントゲン、心電図の検査を経て診察を受ける。KMCは組織的な手続きの効率性にすぐれた大病院だが、家族に付き添われた高齢の患者がとても多く、今日の診察には予約がなかったためもあって、待ちに待ち、すべてが終わったのは実に午後3時すぎだった。外来診療の予定は正午まで。しかし丁寧な対応である。勤務医という仕事はこうして過重になるのだと痛感したものである。ちなみに薬代をふくむすべての軽費は、2割負担で6000円弱だった。
 診察結果は、心房細動は続いており、心不全や心臓弁膜症の可能性もあり、肝機能の衰えもある、(予想外だったが)利尿剤を投与して(肝臓と関わる?)心臓の負担の軽減を図り、三週間ほど様子見して、よくならなければ、高齢であることも考慮しながら手術も視野に入れる――というものである。私たちが正確に理解した自信はないが、信頼できそうな医師だった。次の予約診察は4月8日である。
 事態がどれほど憂慮すべきものかよくわからないけれど、私たちがこれから安静の生活に入るほかないことは疑いを容れない。心臓が大丈夫でないのは怖い。私の当面の最大の、いや唯一の関心事は妻・滋子の心臓である。ふたりして緊張のない相互ケア中心の生活に入っていくことになる。妻に任せっきりだった家事もできるだけ担っていきたい。対処すべきことに対処した3月21日はが私たちの62年目の結婚記念日であったことに気づいて苦笑する。
 幸いというべきか、著書の刊行はもとより、研究論文や書評の執筆も、講演も、その記録の修正・校閲も、おそらくこの早春をもって、私には最後の機会になるだろう。朝日新聞3.15掲載の、日本の人事考課を語るインタビューに多くの働く人びとから共感のメッセージが相次いだことは、そんな私にとって最後の光芒であるように思われる。 
 *写真は上記、安乗の人形浄瑠璃。簡易カメラの望遠でときにピントが甘い。