NHKのすぐれたドキュメント(23年3月2日)

 ひごろNHKの報道番組はあまりにジャーナリズムの神髄であるはずの批判精神を欠いていて失望させられるばかりである。ついでに言うと、アナウンサーがさよならと手を振る、「まるっと!」なんてばからしくないか。けれども、NHKの調査報道・ドキュメントについてはなお、取材の広さと深さにおいて必見の作品も少なくないように思われる。
 例えば2月25日放映のETV特集「ルポ 死亡退院~精神医療 闇の実態」である。都立滝山病院において、多くは家族からも見捨てられた統合失調症などの入院患者は、看護者に嘲弄され、暴行され、苦痛を訴えればうるさいと縛られ、衰弱して死んでようやく退院できる。生活保護受給者も多いこうした患者たちは、虐待を知りながらも、こうした処遇の病院を「必要悪」とみなす地方自治体や保健所からも送り込まれているのだ。病院は生活保護受給者は入院費の取りはぐれがないので「歓迎」するという。厚労省も問われれば「プライヴァアシー」を楯にして個別事例の釈明には立ち入らず、空しい一般論を語るのみである。統合失調症はみずからの希望を語る能力も一切ないとされているのだろうか? 番組中やがて死を迎える高齢の患者は、弁護士に虐待を訴え、ここから出してほしいと泣きじゃくる。現代日本で最も完全に人権を奪われている人びとがまさにここにいる。なんという悲惨か。このような患者の棄民化は、滝山病院に限られないことも番組で明らかにされている。
 思うに、判断力を欠くとされる精神病者といえども、みずからの意向が表明されるかぎり、非情の家族や医師の判断がどうあれ、強制入院されるべきではない。日本で精神病者の人権が尊重される度合いは、おそらく、他の先進諸国くらべて遙かに低いだろう。
 ちなみに最近、ウクライナ戦争についても二つのすぐれたNHKスペシャルを見ることができた。ひとつは、開戦直後、欧米指導者たちの亡命の勧めを拒んでキーウイに留まり、勇気ある市民たちの自発的レジスタンスに励まされて抵抗戦に入ってゆくゼレンスキーら閣僚たちを描く「ウクライナ大統領府 緊迫の72時間」(2月26日)。「ウクライナはアメリカやNATOによってて空しい戦争を強いられている」という、一部「左翼」の判断の誤りを、この番組は教える。
 今ひとつは、「なんのため闘うのか」がわからないまま「肉片」としてウクライナに送り込まれたロシア兵たちの、刑務所より非人間的な扱い、その戦意喪失と数多い脱走、そしてポーランドなどで一部脱走兵がプーチン支配を拒むロシア人を組織し、対ロシア戦のためにウクライナに送ろうとする試みなどを描く「調査報告 ロシア軍 プーチンの軍隊で何が?」(2月28日 再放映)である。なお息づく一部ロシア人たちの感性が感銘ぶかい。ロシア軍の内部崩壊ほど、いま世界から待たれていることはない。