その5 情勢論(1) 15年秋の闘い、統制と自粛の季節へ

 私は性格としては明るいほうだが、このところの日本社会のゆくえの判断ではどうしても暗くなる。例えば2015年10月20の朝日新聞掲載の世論調査の結果をみると、まことに憂鬱である。安保法制については、賛成が36%で前回(9月19~20日)の30%よりも増え、安倍内閣の支持率はなんと35%から40%に増えている。
 9月19日、安倍内閣は、憲法を恣意的に解釈し、矛盾、撞着、ごまかしの「答弁」に終始し、曖昧なところは俺に任せろと開き直って、参議院でほとんど暴力的に安保法制を「可決?」した。およそまともな議会制民主主義の了解を超えるこのような一連の暴挙に、国会前でも全国各都市でも、何千、何万というあらゆる世代と階層の人びとがくりかえし抗議の集会やデモをくり広げた。それから1ヶ月後の世論がこのありさまなのだ。今回の行動は、組織の動員ではなく一人ひとりの自主的な参加によるもの、ここに定着した民主主義の噴出があり、ここに明日の希望がある──その思いには縋りたい。それでもやはり、明るい明日を展望することはできないのである。

 四日市という保守的な地方都市で、脱原発とともに<戦争する国はいや!>と叫ぶ、「オールズ」に偏りがちな市民運動の展開に携わりながら、私もこの間、長らくあきらめかけていた若者たちの異議申し立てを見て、いくたびも胸を熱くしたものだ。
 例えば、6月26日の札幌では、「戦争したくなくてふるえる」若者たち700人のデモのなか、19歳のフリーターという女性は、「私馬鹿そうですか? ギャルは政治を考えてはいけないんですか? いま必要なのは知識じゃなく声をあげることです!」と叫んだという。なんという軽やかな、それでいて心をうつ発言だろう。彼女らにとって、デモはもう「おじさんやおばさんだけ」がする自己満足の行動ではなかった。
 また例えば、安保法案反対のデモに参加したある女子学生の発言が感銘ぶかい。彼女は中学時代、式典で「君が代・日の丸」を拒んで処分を受けた一教師の、校門での訴えに心を動かされた。だが、長らく政治行動には参加できなかった。「彼氏の手前」もあって、みんなにKY(空気が読めない)とみなされるのがいやだったからだ。けれどもやがて、この日本で「KYでない」とは自分の意志を表明しないことなのだと気付かされる。そんなのいやだ、だから、私はいま行動する・・・。それは鋭い感性が可能にした鮮やかな主体性の獲得であった。
 また例えば、もと予科練の生き残り、加藤敦美は、「私たちが生前できなかったこと」、SEALDsのデモに、美しいメッセージを寄せている。特攻で死んでいった先輩、同輩たちよ・・・今こそ俺たちは生き返ったぞ、若かったわれわれが生き返ってデモ隊となって立ち並んでいる、と。思えば伝統とは無念の死者たちにも発言権を認めることにほかならない。SEALDsの若者たちはこうして、もう決して戦争はしないという、死者たちに促された戦後日本の伝統を継承したのである。
 とはいえ、私の記憶に刻まれたこのようなエピソードに関わらず、1980年代以来の国民に定着したシニシズムの岩盤は容易に揺らぐことはないかにみえる。それは、祭りのような社会運動の盛り上がりで「現実」が変わるわけではない、日常生活はなおひっきょうわれわれが抗い続けることができない権力者の管理と支配のもとにある・・・という、世智によって支えられている。

 安倍晋三はいま上機嫌である。そして彼の上機嫌に正比例し私たちは不機嫌になる。今回の「エッセイその5」をはじめとして、これから折りにふれ、私なりの不機嫌な時代の考察と、では、なにが必要なのかについて、思いつくまま素人談義を試みよう。
 まずいえることに、対米協力もとで「戦争のできる大国」に戻すという険しい峠を越えた自民党政府は、60年安保の後のように、さしあたり経済の繁栄、つまり安倍の想定では国民「一億が活躍できる」機会の拡大に注力するだろう。実のところ、牽強付会の憲法解釈を通した政府にとっては、対立を招きかねない憲法9条の改正などはすでに喫緊の課題でないかもしれない。それにシリアは遠く、中国の進出がすぐに「存立危機事態」を招く可能性は低い。安倍は、岸退陣のあと経済成長で国民統合をはかろうとした池田にもなりたいというわけだ。安倍政権は、人びとの関心を安全保障や原発から遠ざけてきたエコノミックアニマル志向に、国民を再び引き寄せようとするだろう。
 アベノミクスはしかし、派遣雇用を活用できる職場領域をいくらでも拡大できるような今回の法改正に典型的に見るように、深化しつつある格差社会の底上げを図る政策ではない。それがめざすのは総じて、社会保障に頼らずともやってゆける一部の精鋭サラリーマンや総合職的な女性社員が、いっそう「活躍」でき子供を増やすことのできるように便宜を供与することであろう。貧困の連鎖にあえぐ非正規雇用の若者が、奨学資金の免除や大型免許などの無償の職業訓練などに惹かれて「経済的徴兵」に応じるならば、それはそれでいいのだ。ついでにいうと、労働組合運動がさらに衰退しても、安倍は経済成長のための賃上げを財界に頼んでくれもするだろう。もっとも政府の財界への働きかけが、企業規模別、雇用形態別、性別の賃金格差を自由に決める経営権を侵すことは決してないけれども。
「これからは経済発展です」と唱える一方、安倍政権は、アメリカと並んで戦争準備も怠りなく原発の稼働も輸出もできる日本を「大国」として誇れ、かつてのナショナリズムを取り戻せと、国民を強力に誘導してやまないだろう。すでに閣僚20名のうち11名は日本会議、17名は神道政治連盟のメンバーであることにも注目したい。周知のように「自主憲法制定」「皇室と日本文化の尊重」「国家儀礼の確立」「道徳教育の強化」などが両団体の主張にほかならないが、この超保守主義は、かつての侵略や植民地支配を直視する視点を「自虐史観」と難じるゆがんだナショナリズムの立場に直結している。さしあたり、沖縄タイムズ、琉球新報、朝日新聞などをつぶせとわめき、恥ずべきヘイトスピーチまであえてするファシスト的な言辞は、民間右翼や一部の政治家個人のものである。だが、例えば百田尚樹などの重用にみるように、こうしたウルトラ右翼は、安倍にとっては自分はまだ公然とは言えないことを言ってくれる先兵であり、ナチス台頭期の突撃隊のような存在である。そうしたウルトラ右翼の言説が最近はばかりなくなっていることは、挙例にいとまがない。
 ウルトラ右翼の言辞はまだ嗤っていられる。けれども市民生活にとってより問題なのは、いくつかの地方行政体が、多少とも政府批判的な市民行動に会場使用などの便宜供与を控えるようになりつつあることだ。政権の意を迎えるためか、あるいは右翼がねじ込んでくると困るという配慮のためか、いずれにせよ、およそ「政治的」なことにいっさい関わるまいとする、団子虫のような臆病さと事なかれ主義がそこに見られる。こうした動きに地方公務員の間から抗議の声が上がらないのはなぜなのか? 
 この傾向は教育行政においてとくに著しい。教育委員会は、教師たちが教育上の創意と工夫を開発してきた日教組の教研集会を学校で開くことを不許可にしたり、あるいは「安保法制」を授業で取り上げた教師のリストを報告させたりしている。政府は、18歳までの選挙権拡大を控えて高校生の政治活動を取り締まる措置を制度化するのに懸命であるが、すでにはじまっている統制をみれば、さなきだに査定の強化によって発言の自由を失っている教師はもとより、一方では政治に関心をもたねばならないと説教されもする生徒たちも、およそ政治に、ひいては社会そのものに関わらないことが偏らない「正しい態度」だと学ぶことになるだろう。言うまでもなく、考えない、関わらないことは支配権力を支持するということと同義だ。文科省が大学の人文・社会・教育系の学部を縮小・再編しようとする目論見ももちろん、政治や社会を分析する批判的知性の育成を阻むところにひそんでいる。
 憂鬱なことに、テレビを代表とするマスメディアにも、批判的ジャーナリズムの「芽むしり仔撃ち」が進んでいる。過度の自粛、自主規制が働くようになった。無頼の反動を会長にいただくNHKはもう政府の御用機関みたいだ。その報道が、くわしすぎる災害報道とアスリートの活躍(それも日本人だけの!)に偏り、政治・社会・労働などのテーマでは、デモやストライキなどおよそ社会運動というものをまったく軽視している。民間放送は、例えばこの間の安保法問題に見る限り、安倍晋三が好んで出演するフジテレビなどを別にすれば、総じてはるかにましだった。しかし、大学の世界でも、私立の立教大学が安保法への抗議をふりかえるシンポジウム(10月25日)が「政治的である」との理由で講堂を貸さなかったのと同じように、公共部門での統制が、「民間」の、それこそがまさに「政治的」な追随の自粛を招くことは十分にある。ここでも、例えば体制批判のコメンテーターが登場できる余地は確実に狭まるだろう。この間、俳優たちの政治的発言が乏しいのも、おそらくテレビドラマに出演できる機会が狭まる、つまり「干される」のを怖れてのことであろう。

 多くの友人たちとともに、私にとって誇るべき日本とは、人権と非戦の現憲法のもと決して戦争をしない国のことである。憲法九条こそは、例えばトヨタの車やパナソニックのテレビやイチロー以上に私たちの国の輝くブランドなのだ。しかし、このような私の日本は、安倍晋三のもたらそうとする日本とは真逆のものであるゆえ、私たちには窮屈で不自由な、焦慮と鬱屈をまぬかれない時代がやってくる。あえてファシズムの足音が聞こえるともいえよう。
 この流れに抵抗するという立場に立つとき、この晩春から晩夏にかけて示された、組織の動員ではない個人としての政治参加は、光にともなうどのような影をもつだろうか。そして結局、どのような営みが要請されるだろうか。次のエッセイでは、そのあたりを考えてみたい。