歴代の自民党政権は、安保法制による集団自衛権の承認や「敵基地攻撃能力」の用意などにみるように近年、徐々に右翼化の傾向を強めていたが、それでもなお、一応は「専守防衛」を掲げ、憲法改正には消極的な「穏健保守」が主流であり、それなりの幅広い国民的な合意を確保してきたと思う。しかし先日、高市早苗が旧安部派、麻生派などの思惑で総裁に押し上げられた。右派のボスたちは、心に潜んではいてもなかなか公言できなかったホンネ――ウルトラ保守の政策構想をはばかりなく表明する高市に、まずこれを実行させてみようと目論んだのだ。そして今、もともと国家観・歴史観を基本的に同じくする維新との「連立」をあえて獲得して首相になった高市は、「歯止めない」保守路線、新聞の抑制的な表現を超えて正確に規定するなら「極右的な」政策を本当に提起しはじめている。
発表された党役員と新閣僚の人事も、自民党としての結集への配慮はあれ、要所には高市の思想に近い人物を任命している。党政調会長(小林鷹之)、官房長官(木原稔)、経済安全保障相(小野寺紀美)、防衛大臣(注目の小泉進次郎)などがそれだ。かつての「穏健保守」・平和主義を旨とする公明党とはもう離縁した。一方、「初の女性首相」であることが喧伝され、ガラスの天井を打ち破ったと言祝がれてもしている。だが、「行きすぎた結果の平等」を峻拒する高市早苗に、多数の女性たちの苦しむ構造的な性別格差に挑戦できる平等化思想は全くない。すでに「サッチャー体験」がある。高市が女性であること自体にはなんの意味もないだろう。私たちの前に立ちはだかるのは、ただ、ウルトラ保守の強大な政治権力にほかならない。
では、どのような施策が私たちに突きつけられるだろうか。誤解を怖れず、予想される、あるいは早くも着手され始めた施策を、箇条書きふうに要約してメモしておきたい。
(1)経済政策――基本的にはアベノミクスを継承する新自由主義的な経済成長の追求。能力と意欲のある人に存分に働かせる「働きたい改革」、つまり労働時間規制の緩和は、その一環ということができる。「最優先課題」とする物価対策では、まずは野党との協調を追求されるが、現時点の消費税減税や社会保険料引下げには消極的であり、「勤労インセンティヴ」のある「給付付き税額控除」の制度設計が検討される。ガソリンの暫定税率廃止や電気・ガス料金補助は、「期待どうり」という即効性がありすぐに実施されるだろうが、ここにとくに「高市らしさ」は見られない。
(2)外交・安全保障――「国民の当面の関心」はともあれ、ここに枢要の高市路線が見られる。いくつかの系論に広がる。端的な箇条書きにとどめる。
①トランプの施策への無批判な追随/日本に対する身勝手な要求に対する前向きの対応
②防衛費増額・防衛の抜本的強化/安保3原則(22年)の前倒し(現在1.8%の防衛費 GPD比の目標2%の即時実行、それ以降のさらなる引上げ)/非核3原則の緩和/武器 輸出を限定する「5類型」の撤廃/敵基地攻撃能力の新鋭ミサイル設置
③憲法9条の改正――自衛隊を国軍と認定/「インテリジェンス」の強化(国家情報局、 対外情報庁の創設)/緊急事態条項を導入する憲法改正
④スパイ防止法制定――国家機密の拡大。外国との接触を問題視する体制批判・左派勢 力の駆除)
(3)ジャパン・ファースト!/愛国主義・ナショナリズムへの訓導/「自虐史観」の克服/外国人増加の抑制――不法滞対策の強化/出入国管理の徹底化
(4)伝統的家族観――旧姓使用範囲拡大・夫婦別姓の否定/男系天皇制の護持
(5)原発依存回帰/再生可能エネルギー設備への建設支援見直し
(6「政治とカネ」問題の無視――いわゆる裏金議員も「適材適所」で登用/企業・団 体献金の継続
進められているアメリカでのトランプの施策との類似性に改めて驚く。平和と民主主義、日々の暮らしの平安という点から、上のどれひとつとして危険でないものはない。
さて、この間、現在を政権交代の千載一遇の機会とみた立憲民主党の、諸野党連携によって国民民主の玉木雄一郎を統一首相候補としようとする試みはむなしく挫折した。錯誤のもたらす当然の帰結であろう、 維新が自民に取り込まれて離反したことはさておいても、人気上昇に奢る国民民主は、もともと、改憲、安保法制支持、原発推進など、むしろ自民党と共通する路線を「現実的」としており、曲がりながらも護憲、安保法制反対、脱原発を原則としてきた立憲とは立場を異にすると宣言していたからである。事実、高市早苗がはじめに連立のパートナーとして求婚したのは国民民主だったのだ。高市内閣が成立した今、立憲の野田佳彦は、「右の人は自民党へ行くがいい、我々はあくまで「中道保守」の道を歩む」とうそぶく。しかし今後とも立憲・国民の連携は覚束ない。高市政策の施策のいくつかに国民民主は支持を与えるかもしれないのである。
立憲・野田路線は偏狭にも、はじめから共産、社民・れいわを連携すべきなかまとは考えていなかった。立憲は本来、反戦・平和、民主主義と人権擁護、脱原発、それらを守ろうとする労働運動・市民運動への依拠を政策の根にもつ広義「リベラル」ではなかったのだろうか?「保守中道」とは野田の暫定的な生き残り戦略ではなかったのか?
橋本健二『新しい階級社会』(講談社現代新書、2025年)は、「格差拡大の果て」の日本の階級的存在の現実について最新データを通じてみごとな俯瞰図を与える。そしてこの著は、最終章で、所得再分配政策の諾否、憲法改正の賛否、沖縄への米軍基地集中の評価、排外主義の好悪などの指標によって、政治意識を5類型に分けている。その分布は所属階級や支持政党と合同ではなく、aリベラル(26.4%)、b伝統保守(21.0%)、c平和主義者(20.9%)、d無関心層(18.5%)、e新自由主義右翼(13.2%)になるという。そこで橋本は、野党に多いaと、従来の自民党の普通の支持者b、市民運動のなかにある無党派のcが連携して、少数だが権力と政治力のあるeに対抗するという構想を描いている。
興味ぶかい問題提起であるが、これは野田路線と似た構想であるようにみえる。だが、この対抗戦の引き方で十分だろうか。オールドレフトで労働研究者としての私には、やはりなお、政治的・運動的に方途を見いだせないでいる、「アンダークラス」の非正規労働者の多くが属すると思われるd層の抵抗をなんとかエンパワーする方途を求めたいのである。
最後にはどうしても従来からの私の持論となる。
中道保守の周囲に、非公式にでも、立憲左派、共産、社民、れいわを横断する、左派、リベラルの超党派的連携が必要である。そしてそれ以上に、その左派・リベラルの連携組織は、院外の多様な社会運動への支援をためらうべきではない。例えば、格差と貧困に対する怒りに根ざす、特定企業の枠を超えた産業別・職業別の労働組合運動。コミュニティユニオンや地域一般労働組合による非正規労働者の組織化。反戦、辺野古基地反対、反原発などの諸テーマに身体を張る市民運動など。どこの国でも、社会が変わるときは、なによりも議会外における、大衆的で、ラディカルながら非暴力的な、直接行動がわきおこったときなのである。
上のような院内外の運動の展開によっては、高市早苗のウルトラ保守路線は挫折し、高市はボスたちによってトップの座から引き下ろされる。そこで、もし高市の信奉者や参政党、日本保守党などの輩が集う、自民主流に反発するウルトラ右派が一定組織されるなら、自民党は分裂するだろう。それもよい。