妻の誕生日から私の誕生日まで――50日間の試練の終了(2025年9月23日)

日本政府の欺瞞性

2025年晩夏の闘い――滋子の大動脈弁狭窄症・入院・カテーテル手術の軌跡

●9月1日:くらくらする猛暑のなか隔日ごとに手術後の妻に会いに出かける。昨日30日の段階で滋子はいっそう元通りの表情に戻っている。小説や新聞を読み、好きな「数独」もして、脚力の維持のため病棟の廊下を歩き回っているという。
 ところがいいことばかりではない。1昨日から私のほうがなぜか突然、味覚と臭覚を失った。すべての食材がうまくなく、家でただでさえ味気ない簡単な調理を、外出時のレストランでリーズナブルなメニューを、完食するのがやりきれない。これはなぜか? 異常な猛暑のためか、高齢化のためか、このところ引き続いたストレスのためか。いつまで続くのか。どうすればいいのか。可能ならば、経験者のアドヴァイスを仰ぎたい。
 スナップは9月1日の妻、市立四日市病院(2枚)。

忘れ残りの記(序)実母・愛子の死、父・章、俳句という絆

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